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311 第20話10:If you smell, What The Molug is Cooking!




「うおおぉおお!? 何だそりゃあああ!?」


「ちょっ……!? ウソでしょ今の……!?」


「ヴィラデル! 今、モログが見せたスキル、以前、コーノと戦った際に貴様が言っていた例の……!?」


「ええ、そうよ! 間違いないワ! このモーデル王国最大の英雄、『赤髭卿』の得意技! 『複合攻撃』のSKILL! まさかまだ使い手がいたなんて!」


 強烈無比な打撃と火焔の同時攻撃によって、巨なる岩山タラスクが自身の意思に反して後退を余儀なくされる。

 攻撃を受けた左前脚裏側の分厚い岩塊のごとき甲殻がほぼ黒化して、盛大な煙も吐いていた。

 そしてタラスクの表情は歯を剥いた怒りの表情へと変わっている。ただし、それが激痛に耐えるものであるかのようにも視えた。


 これが本当に効いていると考えるならば、とんでもない威力である。

 なにしろあの巨大さだ。甲殻の厚さはどの部分でも最低人一人分以上あるに違いない。足裏となれば、さらにその倍以上の厚さであっても何らおかしくはないだろう。痛みを与えているということはつまり、それらを貫いているということになる。


 ふと視線を横に向かわせるとランバートの横顔が眼に入った。

 彼は普段から比較的表情豊かな人物だが、こと戦闘となると途端に、沈着冷静な頼れる将としての人格面を表に出してくるようになる。

 それでも彼は常に饒舌だった。これは、彼の中の余裕感を表していたのかも知れない。


 しかし、現在彼の口は堅く閉じられ、眼は一点を、確実にモログを真剣な表情で見つめていた。その瞳は驚きに見開かれている気がする。


 ハークは視線を戻しながら、エルザルドに確認を送る。


『エルザルド、先刻お主が言いかけたのは、『あの構えは、赤髭卿のものによく似ている』ということか?』


『その通りだ。いや、……よく似ている、どころではない、正にそのままだ』


『解った。後で詳しく聞かせてくれ』


『承知した』


 話ができるのはそこまでだった。岩山タラスクが再び攻勢に移ろうとしていたからだ。

 威嚇のように喰い絞めていた歯を上下に開いたのである。この体勢は明らかであった。


「火炎放射が来るぞ、モログ!」


 果たしてハークの言葉通りタラスクの口蓋内に熱が集まり発射口が形成される。放たれた火炎は発射元の巨大さに見合うものだった。人間一人など完全に包み込むことができよう。

 ————だが。


「『サイクローーン・クローズライン』ッ!」


 両腕を左右に伸ばし自身の回転力による人力のみで、突如、竜巻が発生する。襲いかかる火を次々吸い込んでは巻き込み、上空へと散らしながら排出していた。

 あれなら竜巻の中心点に存在する筈のモログに、伝わる熱はほとんど届いていないのかもしれない。


「ええぇえ……、『来れ天の竜(トルネイド)』にあんな使い方が……」


 魔法の専門家であるヴィラデルも驚いている。

 厳密には、モログが今現在使用しているスキルはヴィラデルのメイン攻撃手段たる魔法スキルではなく、肉体的な近接スキルではあるが、発揮している効果は同等なものでもある。だから、相殺する形での現況を参考にするのは理に適っていた。


 そして渦巻く火炎竜巻の中心から、彼が回転を維持しつつ飛び出てきた。


「『サイクローーン・チョップ』ッ!」


 ズッバシャアアアアアアアアアアアアアアンン!!


 轟音と共に岩山タラスクの左側頭部の甲殻がひしゃげ(・・・・)、手刀が決まっていた。その勢いで、今度は横に山がズレる。

 堪らず、巨躯なるモンスターもたたらを踏んでいた。

 そこへモログが走り出す。上半身を極端に前へと傾けた、いや、もはや倒したといった方が表現として正しいくらいの前傾姿勢だ。


 ハークも前に進むだけであるならば同じような前傾姿勢を取ることもあるが、モログのそれはほぼ地面スレスレである。あそこまで極端な姿勢はしたことがないし、維持もできないだろう。


 そして、易々と懐へと到達していた。つまり彼は約五百メートル以上の距離を、足場の悪い中一瞬で駆け抜けたことになる。

 気づいて、即座にタラスクも迎撃に移った。

 迎撃方法は単純明快なものだった。四肢を大地より離したのである。腹部の甲殻と全体重にて彼を圧殺しようというハラだ。


 前世の亀であれば、背面に比べれば腹部は多少なりとも柔らかくはあったが、この世界でもその常識が通用するとは思えない。少なくとも、足裏より分厚いに違いなかった。


 だが、ハークは自分にできることをするだけであった。虎丸と日毬も、その主を真似て声を出す。


「頑張れぇ! モログーッ!!」


「ゴワァアアーーッ!!」


「キュウウウーーン!!」


 この『声援』というものに応える、いいや、応えきることができるのが彼のクラス『皆の希望にして皆の王(プロレスラー)者』としての証明であるのかもしれない。

 突き上げられていた左拳が、タラスクの落下の勢いを一撃で止めていたからだ。その衝撃は腹部全体へと伝わり、一瞬にして放射状に亀裂が奔る。

 だが、そこで終わりではなかった。


「———ダブルッ!!!!」


 そして天空へと突き上げられる右拳(本命)


「昇ぉおーー星ぃいー拳ッ!!!!」


 ここで、同行者の誰もが、完全なる驚愕の表情を浮かべるのを我慢できなくなった。ある者は目を限度まで見開き、またある者はさらに大口を開け、声も上げた。

 それも当然に極まりないことだった。

 なんと、重量を考察する気にもならないタラスクの身体が宙に浮いていたのだから。いいや、上空(・・)に浮かされた、と言うべきだった。


 考えるまでもなくそのような経験など皆無であろうタラスクは、空中で必死に四肢をはためかせてバランスを取ろうとする。

 が、大した効果もなく重量の重い頭から落下していく。


 真下で待ち構えるモログに向かって。


〈もはや死に体だ〉


 ハークはタラスクの体勢をそう断定した。次が最後の一撃(ショウストッパー)となるだろう。確かな予感があった。

 モログも振り被っていた。決めるつもりなのは明らかである。ハークの眼には彼の身体から溢れ出し、右拳に収束しつつある闘気がしっかりと視えていた。その闘気に惹かれるかのごときに集まりつつある朱色と琥珀色の光の粒子も。


〈何をするつもりだ……!?〉


 ただ、弓引くように振り被りし拳の方向だけが奇妙だった。上に(・・)なのである。そのまま振り下ろせ(・・・)ば、拳はタラスクではなく大地に突き刺さる筈であった。


 落下を続ける巨躯が迫る。


「おおぉおオォーバーヒィトッ!!」


 吼えるモログ。

 そして拳が、周りに纏う全てのものと共に、下に打ち落とされていた。


「ガイッザアアアアーーッ・バァアストォオオーーーーッ!!!!」


 同時に眩い光が辺りを照らした。

 ハークの両の眼は、しっかりとその次の瞬間の光景を捉えることができていた。

 モログの拳が突き刺さった地面の前から巨大な火柱が立ち昇ったのだ。

 それ(・・)が、天空より落下してきた巨大タラスクの頭部を飲み込み、一瞬にして灰燼と帰していた。


 次いで、タラスクのそれ(・・)以外が地響きを立てて大地に接触するのだった。





「モログ殿、コレが報酬だ」


「うむッ。いつもありがたいッ」


 モログは片手で礼を示すと、どっさりと何かが詰まった頭陀袋をランバートより受け取る。

 事前に聞いていた頭陀袋の中身は宝石などを含めた様々な物だという。

 今回の報酬は巨額過ぎて、通常の金貨だと途轍もない量と化してしまう。大金貨というものもあるのだそうだが、換金が一部でしか行えず面倒なので、モログの希望からこうなったらしい。


それ(報酬)を倍にしてもいい。少し質問に答えてくれないか?」


 ハークから手渡されたマントに仕込まれた『魔法袋(マジックバッグ)』へと報酬を丸ごと仕舞おうとしていたモログは、ランバートのその一言で手を止めて応える。


「要らんなッ。質問などいくらでも答えようッ」


「ありがたい。貴殿の扱うSKILLの数々なのだが、まるで……」


「まるでッ、『赤髭卿』のようなものである、とッ?」


 珍しく言い淀んだランバートの続きの台詞をモログは補完する。ランバートは肯くしかなかった。


「そうだ」


「貴家は直系ではならずとも源流を受け継ぐ家だッ。お気にするのも当然かッ」


「うむ」


「だがッ、赤髭卿の技の数々を現在(いま)に伝える家や流れなどはッ、別に貴家だけではあるまいッ」


 この、モログが発した言葉に、またも本当に珍しくランバートは鼻白む。


「そうなのか? 大将?」


 思わずといった感じで、フーゲインが口を挟んだ。


「ああ、その通りだ。ウチの家の源流たるウィンベル家開祖だったあの人は相当に長生きだったらしいからなぁ。おまけに名声ばかりで実権のまるで無い『文武総指南役』に就いた当時なんかは、国の中枢非中枢問わずほとんどの関係者があの人の弟子だったくらいだ。そン中でも武専門で彼に師事した人間はごまんと居るからな」


「まったくよ、聞きゃあ聞くほど、知りゃあ知るほどムチャクチャだなその人」


 フーゲインの素直な感想に、ランバートは苦笑を見せる。ハークも横で聞いていて全くの同意見であった。


「ある意味俺も同感だ。しかし、それにしても伝え聞く、というかガキの頃から書物で読んだりした動きやSKILLそのまま過ぎるぜ。やはり、あんたにSKILLとかを教えた者が?」


「うむッ。俺の技の数々はッ、全て元々、我が師より教え賜ったものだッ。我が師は若き頃ッ、このモーデルに仕える身だったと聞いているッ。そのためもあってッ、俺は活動拠点をこの国に置くことに決めたのだッ」


「あんたをこの国にもたらしてくれた縁に感謝するしかねえな。できればあんたの師匠のことを教えてくれねえか? 叶うことならば直接会って話をしてみたい」


「申し訳ないが我が師に関して俺が言えるべきことは何もないッ。既に戦うことも含めて、世間というものから距離を取った方であるからだッ。しかも、住居はこの国にはなく、辿り着くにも困難な場所にあるッ。幼き頃に俺が出会えたのはッ、正に幸運以外の何物でもなかったのだッ」


 つまりは、辺鄙なところに住む引退した世捨て人か。ハークはそう思った。前世であれば、寺に入っていないだけマシとも言える。


「なるほどね。隠者ってワケかい、儚いねぇ」


 ふむぅーーー、と大きく息を吐くランバート。それで話の終わりを察したモログが再度口を開いた。


「話は終わりの様だなッ。では俺はッ、ここでお別れとさせてもらうッ」


 この一言には、同行者全員が驚きの反応を見せた。


「モログ、オルレオンにはもう戻らぬのかね?」


 ハークが代表するような形で訊く。


「ああッ、次の街が俺を呼んでいるのでなッ」


「何処へ行くのかね?」


「そうだなッ、ここから古都ソーディアンよりも南に位置するコエドへと一度向かいッ、その後、こことは逆の、西側の辺境へと向かうつもりだッ」


「ま、あちらは常に強力な冒険者の数と力が不足しているからネ」


 事情を良く知っているのか、ヴィラデルが口を挟んだ。


「そういうことだッ。ではさらばだッ、諸君ッ!」


「モログ、気をつけてな。貴殿にこんなことを言っても始まらんが」


「いいやッ、気持ちだけもらっておこうッ。ありがたくなッ!」


「そうか。また会えるかね?」


「無論だッ! 君が今の道を変わらず歩き続けるならばッ!」


「それこそ、無論、だよ」


「うむッ、そうであったなッ。それでは、『また会おう』ッ!」


 全員が別れの挨拶を返すが、それが終わり切らぬうちにモログは走り出す。そして見る間に地平線へと姿を消すのであった。


「やれやれ、まったくもって何から何まで本当に規格外の男よ」


「ええ、ホントね」


「ガウッ」


「きゅんっ」


 自分の言葉に続いてヴィラデル、そして虎丸、日毬と同意を示す中、ハークは彼が消えた先の地平線から眼を離すことはなかった。

 脳裏に、その男の巨大なる背中が浮かび上がる。


 遠い。

 だが、だからこそ、手を伸ばす意味があるというもの。


 目指す頂点へと必ず到達し、そしてあの日想い描いたひかりへと。

 ハークは、その決意を新たにした。




   ◇ ◇ ◇




 次の日。


 正確に言えば、ナンバーワン冒険者の圧倒的なタラスク討伐を観戦し終え、ハーク達がオルレオンの街そして同市内の領主の城に帰り着いてから丁度、二十四時間が経過していた。


 現在、ハーク及び、彼と関係を深くする者達はほぼ全員が、ここオルレオン領主の城二階に存在する会議室へと己の意思で集まっていた。

 城内にある武器製作所の工房にて、今も作業中である筈のシアとモンドの結果待ちであるためだ。


 前日、ハーク達はタラスクの肉体奥深くに存在するという『未熟甲殻』を買い取った。これは当然、『斬魔刀再誕計画』がための素材として消費する目的がためである。

 これにて、必要なものは全て揃った。

 すぐさま、窯への火入れなど必要な準備を全て終えて待ち構えていたシアとモンドが斬魔刀再誕のための作業を開始したのである。


 文献によると、使用する最高にして伝説の素材『空龍の牙』が魔法的処理を施すことによって加工可能なまでに柔軟となる時間は、平均して約二十三時間程度だという。


 そんな短時間では、前世であれば圧倒的に時間が足りる筈などない。壊れた個所を繋ぐだけならばともかく、二人は今日、本当に全てを分解、溶かしてからイチより刀を造るつもりらしかった。


 そこで、専門家と豪語できるほどでもないが、一応は前世より刀製作への経験も持つハークも手伝おうとしたのであるが、二人の問題無いという自信に満ちた言葉と態度を信じ、完全に任せることにしたのであった。


 それでも恐らく不眠不休で作業を行っているであろう二人へのこともあって、城の一室を借り受け、せめて寝ずにこうして完成を待っているのである。

 とはいえ従魔二体はまだともかくとしても、アルティナやリィズの仲間達を始め、関わっただけのフーゲインや、何故かのヴィラデルさえ付き合わせるのは決してハークの本意ではなかったが。


 もっとも、ヴィラデルだけは眠気に負けて舟をこいでいる光景も何度か見かけている。

 ただし、彼女のみ、最初の魔法的処理の段階で、素材の一つである魔晶石の粉末に魔力を籠めるという形で貢献していたこともあり、仕方のない部分も充分にあると言えた。


 元々、彼女が言うには魔晶石の粉末に魔力を籠める作業というのは実に繊細であるらしいのだ。よって、今回の計画に関わる者達の中で間違いなく魔法に関しての知識と経験が高く、魔法的処理の何たるかを多少でも修めているヴィラデルが選ばれたのは自明の理でもあった。


 そんなヴィラデルがまたもこっくりこっくりと舟をこぎ始めたところで、部屋の隅に日毬と共に侍る虎丸がピクリと反応し、上半身を起こす。

 次いでハークも、分厚い扉の外、二人して走ってこの部屋へと近づいて来るドタドタという足音をその鋭敏な聴覚が捉えていた。


 勢い良く、扉が開かれた。


「完成したよっ!!」


 疲労を滲ませながらも溌溂としたシアの笑顔を見て、ハークは斬魔刀の復活を確信した。





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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで一気読みしてしもうた。。 面白い!
[一言] あのですね、戦いの描写を見て、一々プロレスの場面を幻視しちゃうんですけどw 師匠>正直この技の数々を伝授した人は、儚いとは正反対だと思うwww 斬魔刀復活おめでとうございます! 太刀の方…
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