300 第19話24終:つわもの共が夢のあと
大会終了後、閉幕式を経て、夜は大会本戦出場者やその関係者を集めての豪勢な慰労会が開催されていた。
場所は領主の城一階の巨大ホールである。
壇上では、主催者とワレンシュタイン領領主の軽い挨拶に続き、何故かアルティナが祝辞を述べていた。
下から、緊張しつつも言葉を紡いでいく彼女を見ながら、リィズはドリンクを飲みつつロッシュフォードと兄妹水入らずの時間を久々に過ごしていた。
「ねえ、兄上。これってもしかして父上の案ですか?」
「ん? よく解ったな、リィズ。そうだ、父上の計画だよ」
予測通りの答えが返ってきて、リィズは内心ゲンナリとする。慰労会など今年が初めてだ。
並ぶ高級酒のボトルに、伯爵家でありながらも質素なワレンシュタイン家の食卓には滅多に上らないような高価な素材の数々を使用した肉系の料理が所狭しと配置されている。
いくらなんでも豪華に過ぎる。その意図は、リィズには分かり易いほどに分かった。
彼らとのコネクションを今の内に繋いでおきたいのである。
これから、大きな戦が起こる可能性が非常に高い。
無論、起きないに越したことはないのだが、そちらの公算は無きにも等しかった。
ならば今の内に強力な戦力を補充できるアテを造っておくのが手、という訳だ。
ここに集められた全ての者が例外なく強者中の強者なのである。恩を売るというほどでもないが、慰労会にかこつけてこちらに良い印象を抱いてもらえるようにしておけば、後々良い事もあるだろう。そういうことだ。
そして今、リィズの主であり友人であるアルティナが檀上で自己紹介めいた講談を行っているのも、似たような理由からである。
近い内、彼女も血を半分ほど分けあった異母兄との決戦に挑まねばならない。もちろん、こちらも起きぬに越したことはないのだが、残念ながらほぼ勃発が確定していた。
これを内乱か、それとも小さな混乱で収めるかは、彼女の手腕とその陣営側の努力にかかっているのだ。
ただ、少々分かりに易すぎる。逆に気を悪くされたりしないかがリィズにとっては心配なぐらいだった。
「こんな露骨なこと考えるの、父上くらいなものです。露骨過ぎて少し心配になります」
リィズは自らの抱いた危惧を、信頼する長兄に打ち明ける。
「大丈夫だろう。歓待されて気を悪くする者など、そうそうはいないものだよ。それでも隔意を抱かれるとすれば、元からこちらへの敵意を抱いていた者に他ならんさ」
「そういうものですか」
「ああ。それに私も軍部で鍛えられた際に知ったのだが、彼らは持って回ったような言い方よりも、直接的な行動や言葉を好む。これくらい直接的な方が望ましい」
「なるほど。兄上の仰る通りかも知れません。ですが、いきなり出席させたアルティナ様に急遽スピーチさせるのはなんとも……」
「お前の気持ちはよく解っている。確かに不敬だ。しかし有効な手段なのだよ。普通、直接会って言葉を賜り交わし合った人物と、会ったことも話したこともない人物、どちらに親近感を抱くかは当然前者だ。それだけで味方になってくれる、とは決して言えないが、わざわざ敵に回ろうとも思わぬであろう。これは未来への布石、種蒔きなのだよ。アルティナ姫様も、そこをよく理解しておられることだろう。だからこそ快く引き受けてくださったのだ」
「分かりました、そういうことならば……。それにしても毎度毎度思いますけれど、本当に父上は戦のこと、だけ! は恐ろしいくらいに頭が回りますね」
とにかく「だけ!」の部分を大いに強調した末妹の言い方に、ロッシュフォードは微笑ましさからフッ、と笑いを漏らす。
「そう言ってやるな。父上は紛れもなく天才だ。私の様な紛い物とは違ってな」
自嘲めいた尊敬する兄の言葉を聞いて、即座にリィズは血相を変えた。
「何を仰られるのです!? 私から見れば兄上も立派な天才型の人間ですよ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな、私はあくまでも努力型、そして経験型の人間だよ。独創的な閃きで既存を切り開いていくタイプではない。父上にはそれがある」
「そうでしょうか……?」
納得していない様子のリィズは唇を尖らせる。妹のそんな表情七変化を眺めているのも良いが、彼女は対外的にはクールで知られている。あまり他人に見せては可哀想だと、ロッシュフォードは話題を変えた。
「ところで、我らが希望の星殿の様子は、その後どうだ?」
リィズは最初、ロッシュフォードが語る『我らが希望の星』の言葉を、アルティナを指すものだと思った。だが彼女は丁度今、壇上での談話を終えたばかりである。彼女のことではないと思い至ったリィズは消去法で別の人物を頭の中から導き出す。
「もしかして、ハーク殿のことでしょうか?」
聞き返す妹にロッシュフォードは、さも当然だと言わんばかりに肯いて言う。
「もしかしなくてもそうだ。彼は我ら一派にとって、いや、現在の状況のモーデル全土にとってすら貴重な宝のような存在だからな」
「評価が鰻登りですね」
「正当な評価だよ。なにしろあのモログ殿と優勝を分け合ったのだからな。加えて回復魔法使いで、現場指揮官としても冷静な判断力を持ち合わせてもいる。さらには本人だけでなく共に戦う従魔も神速に天変地異を引き起こすほどの魔力持ち精霊種が二体だ。間違いなく我々一派にとって、戦闘の中核を担っていただくことになる、正に期待の人材に他ならん。それでどうなのだ?」
珍しく答えを急かされる兄に、リィズはごくわずかだが表情を曇らせる。心配げなその顔を視ただけで、ロッシュフォードは自身の発した問いの答えを悟り、声に出す。
「やはり芳しくないか」
「……はい。お休みになってくれません」
「では、まだあそこに?」
「はい。ご供養なさると言って」
「彼はMPを全て使い果たしたのだろう? 大丈夫なのか?」
「ハーク殿は上位クラス専用SKILLの効果で常人の倍のMP回復能力を持っています。一応、快方には向かっていました。プラスであるだけですが……」
「そうか。後でここの料理を温め直していくつか差し入れに持っていくと良い。従魔殿方の分も含めてな」
「お気遣いありがとうございます」
「いや……。しかし、ハーク殿は随分とモノに対する思い入れが深いのだな。それともそれはエルフ族の風習か何かなのか?」
「いえ、ヴィラデル殿が珍しがっていたのでそれはないかと」
リィズは視線をちらりと遠くへ向けた。そこでは既に歓談での交流が始まっていたのだが、早くも二つの人だかりが形成され始めていた。
一つ目の人だかりの中心点にいるのはアルティナである。
彼女はこの慰労会の意味を十二分に理解し、積極的な交流を自ら行っていた。元々愛想の良い彼女である。王女であるという事実と、時流に詳しい者には知れ渡りつつある次期国王候補の片割れという事実、この二つでもって場と話題の中心となっていた。ちなみに今は、護衛代わりにフーゲインとエヴァンジェリンについてもらっている。
二つ目の人だかりはヴィラデルだった。ただ、彼女の場合はアルティナと異なり、徹頭徹尾交流する気など無く、あしらうに任せている。
彼女もハークの仲間の一人として、この慰労会の参加を打診されていた。美しさと実力で知る人ぞ知るヴィラデルの参加は、この慰労会にいわゆる花を添える形だったが、彼女にその役目を果たす気は確実に全く無い。
最近知ったのだが、ヴィラデルは中々に健啖家だ。壁近くのテーブルを一人で占拠し、大皿にこんもりと盛り合わせた料理の数々を酒と共に楽しんでいる。お近づきになろうと声をかける男共を右から左へとサクサク受け流していくさまはある意味圧巻だ。
正に壁の華というヤツである。相変わらず自由奔放極まりない。
「ほう、では彼にとって固有の考えか、或いは……『ザンマトウ』だからなのかも知れんな。まるで長く連れ添った女房のごとき扱いのようだ」
「女房……ですか?」
「気に入らん表現かね? ならば相棒か」
「相棒は、まぁ、虎丸殿がいらっしゃいますので……。でも、ハーク殿が斬魔刀を大変にお気に召していたのは確かです。戦力低下、殊更、攻撃力低下は否めないでしょう」
「その点に関しては、私も父も充分に憂慮しているところだ。協力は惜しまん。お前やアルティナ様をお守りし、ご指導くださった大恩もあることだしな。今もシア殿の要請で父の蔵書をすべて開示し、閲覧してもらっている」
「え? 蔵書? 鍛冶場ではなく? それに、父の、ですか? 兄上の、ではなく?」
この城には、昔から様々な蔵書を集めた図書室のごときものがある。だが、誰のものかはリィズも知らなかった。昔から当然に、眼の前の知性溢れる長兄が集めたものだと思っていたのだ。
「ははは。リィズは知らぬことかも知れんがな、私が本の虫であるのは父上と母上両方の遺伝であるのだよ。存外、父上も本を読むのはお好きなのだ」
「知りませんでした」
超意外、とばかりにリィズは言う。
「まぁ、父上の場合、読んだ本の内容がすぐに脳から抜けてしまうのが欠点であろうがな。この間も、一週間前に読んでいた本と表紙が一緒であったので、お気に入りなのかと指摘したらすっかり読んだことを忘れていたぞ」
父の話題で兄妹はひとしきり互いに笑い合う。
視界の先ではアルティナが人だかりをさらに増やしていた。後で捌きに行かねばならない。
一方で、ある程度人捌きを終えたヴィラデルは新たな料理と酒を調達するべく席を立つ。
料理長が「絶対に食べきれねえ」と豪語していたので別段問題無いが、本当に自由だ。
「ヴィラデルディーチェ殿は、……何と言うかハーク殿と随分印象が違うな」
「逆に、ハーク殿が特別なのだと思います」
「リィズの言う通りかも知れんな。だが、それでも出席してくれるだけマシか。ああいや、ハーク殿のことではないぞ」
「解っております。クルセルヴ殿と、モログ殿のことですね?」
ロッシュフォードが肯く。
クルセルヴはとっくに傷の治療を終えているが、準決勝の最後の最後で無理した結果失血が酷く、しばらく安静の身である。
対してモログは決勝を終えてもピンピンしていたが、とある事情で参加を辞退していた。
「人前で兜を脱げぬ、ときた。そんな風習、聞いたこともないぞ。おかげでこのパーティーは主役抜きだ」
「確かに残念に思う方は多いでしょう。でも、我らにとってはこれはこれで良かったのかもしれませんよ?」
少し憤慨した様子を見せるロッシュフォードに、リィズは珍しく反論する。
「何? どういうことか?」
兄が仔細を尋ねると、リィズは「ほら」と言ってアルティナが座るテーブルに群がる群衆を指し示して言った。
「あの光景の方が、我らの目的には適う状況でございましょう?」
ロッシュフォードはリィズのその言葉の真意に気づき、驚きと共に内心、彼女の成長を認めた。
(段々と地が出てきておる。天才としての地がな。そうだ。お前の方が本来、父上には近いのだよ)
そこに頼もしさを憶えていると、サササーと執事長が近づいてきて一枚の紙を手渡してきた。彼はそのまま会釈して無言のまま、去り際に微笑を浮かべつつリィズと目礼を交わし合う。
「なんですか、それ?」
「ああ、先程、シア殿にはもう一つ重要な打診をいただいていてな。闘技会場の客席に見かけたらしいのだが、その人物を連れてきて欲しいとのことだ。人を何人かやって探し出すよう命じていたのだが、もう見つかったらしい。彼女の古くからの知り合いで、今回のことで協力を要請したのだが快く引き受けて、今、既にこちらに向かって来てくれているとのことだ」
「へぇ、私も会っている方ですか?」
「そう聞いている。ほら、この方だ」
ロッシュフォードはぴらりとメモ書きを開いてその内容をリィズに見せた。途端に彼女は「あッ!」と思わず声を上げた。
そこにはモンド=トヴァリ、との名が記載されてあった。
「この方の協力が必要、ということは今回のこととはもしや!?」
「そうだ」
ロッシュフォードは肯くと、一呼吸おいてにやりと笑ってから言葉を続ける。
「『斬魔刀』を復活させる」
◇ ◇ ◇
同時刻、ハークは自分達の他に誰もいない闘技場の中心。つわものどもが宴のあと、の様相を呈した試合舞台上に、胡坐をかき座っていた。
膝の上には刀身の中ほどから折れた愛刀、斬魔刀が置かれている。折れた先の刀身は、砕けた鞘の破片と共に、盆のようなものに乗せられてハークのすぐ前に鎮座されていた。
傍らには、当然とばかりに虎丸、そしてその肩に乗る日毬の姿がある。
日が落ちきり、周囲は夜の闇を月明りがほんのりと照らしている。
幼い日毬は寝てしまっていたが、人の気配を感じてピクリと眼を醒ます。
誰かが来た、と虎丸と共に主に報せようとする前に、その人物が声を発した。
「ここにおられたのですか。探しましたよ」
瞑目していたハークは、眼を開いて肩越しに該当の人物を視る。
ゆっくりと近づくその人物は明らかなヒト族で、痩身に視える。知らぬ人物でもあったが、どこかに見覚えもあった。
「どなたかな?」
「お初にお目に……、っていうワケでもないですね。憶えておられませんか? 半年前の『ギルド魔技戦技大会』にて一度か二度ご挨拶させていただいておるのですが……」
「……ん?」
ハークはまじまじと目を凝らす。エルフ族特別製の眼は薄明かりだろうが関係ない。
彼の言う通りであるならば会って挨拶を交わしたというのにすっかり忘れているこちらが悪いのだが、遠慮がちに言う優男っぷりに記憶が刺激された。
「もしや……、第六校の……?」
「レオ=ファウラーです。はは、この暗闇では判りませんよね」
ようやく思い出した。
半年前、ハークはモーデル王国中のギルド寄宿学校生が集い、その強さと技を競い合う『ギルド魔技戦技大会』に仲間たちと共に出場し、大いに暴れて大いに活躍した。
大会後、何人かのギルド寄宿学校学園長と話をしたのだが、その中の一人が彼であった。
所在都市のギルド長も務めており、それなりに偉い人物であるにもかかわらず、柔らかい物腰が印象的だった。年の頃は三十代前半、オルレオン冒険者ギルド長のルナと同年代といった感じだ。
「ここで何をしておられる?」
ハークは尤もな疑問を口にする。
「ああ、実は私、今『特別武技戦技大会』において、モログ様の付き人を務めておりまして……」
「は!?」
さすがにこの世界での経験も短いハークですら驚く。つまりはいくらぶっちぎり第一位でも、一介の冒険者がギルド長を使いっ走りに雇ったことになるのだ。
「いやいや、ハハハ……、驚かれるのもご尤もございましょうが、一応、事情がありまして、自分からやらさせていただいておることでございます。ま、その話は後に致しましょう。実は、貴方に頼みがあって来たのです」
「頼み?」
「はい、モログ様が貴方とお会いしたい、と申しております。御足労願えませんでしょうか? すぐ近くです」
ハークは少しだけ考える。何の話だかは分からないが、彼には訊きたいこと、言いたいことがあった。
「分かった。行こう」
ハークは膝に乗せていた斬魔刀を手に取ると、腰に巻く虎丸の抜け皮に挟み込むような形で納め、その場を立ち上がった。
第19話:The Dawn of the Legend 完
次回の301は魔法大全やります。




