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295 第19話19:You Can’t Escape!




 決勝戦は準決勝の試合終了から三十分後と決まった。これは準決勝戦でハークが幾度かのSKILLを使用したため、多少なりとも消費したMP(魔力)SP(持久力)を回復してもらおうという配慮である。


 ただ、通常であれば三十分程度での回復量など、特に魔力に関しては微々たるものである筈だが、ハークの場合、彼の持ち合わせる上位クラス専用SKILL『精霊の加護(ブレッシングソウル)』の効果ゆえに、常人とは違い、しっかりと休息を取れれば充分に意味を成す時間であった。


 指定時間の十分前にぱちりと目を醒ましたハークは、むくりと上半身を起こす。それを見ていた日毬と虎丸が、それぞれシアへと主の起床を伝えた。


「キュウン」


『シア殿、我が主が目覚めたぞ』


「ああ、ありがとう日毬ちゃんに虎丸ちゃん。ハーク、調子はどうだい?」


 ハークは少しだけ伸びをすると、二~三回体を捻ることで実際に確認して答える。


「うむ。悪くないな。失った魔力も戻ってきている気がする。どうだ、虎丸?」


『はいッス! ほぼ全快と遜色ないくらいまで回復しているッス!』


「だ、そうだ」


「そうかい! それは良かったね! ……たださ、コッチは……」


 ここでシアが珍しく表情を曇らす。


「ぬ? どうかしたのか?」


「コイツを見ておくれよ」


 そう言ってシアはハークの剛刀を差し出した。

 彼女は今回、ハークの付き人として共にいて、僅かな雑用をこなしていただけではない。

 武具職人としての知識と経験を活かし、ハークが魔力など自身の肉体コンディショニングに集中する間に、武具の保守点検を一身に引き受けていたのだ。


 彼女が持ち出した剛刀、その刀身を包む鞘に、ハークは小さな亀裂を発見した。


「……これは!?」


 使っていてハークも気づかなかった。それほどに極々小さな傷であった。


「恐らくさっきの試合、『カミカゼ』の時だろうね。そうじゃなきゃ、ハークが気づかないワケない。ケド、その前からきっと少しだけガタがきていたんだよ」


「そうか! エリオット少年と戦った際か!?」


 シアは頷く。

 あの試合で、ハークは逆手のまま鞘付きの剛刀を使い真っ向から犬人族の少年拳士と打ち合いを演じた挙句、最後はそのまま『朧穿』まで彼の肩口に決めて試合に勝利していた。

 最善と自らが考えて行い、充分に魔力を注いで使用したつもりであったが、やはり無茶な行為であったようだ。


「これじゃあ、もう再度の『カミカゼ』にも耐えられないかもしれないね……。ゴメンよ、ここじゃあさすがに材料がないから修復はできそうにないんだ」


「シアが謝ることなどない。元々、モログとの試合では、この刀を使うつもりはなかった」


「え? そうなのかい?」


「まぁな。なにしろモログはあの硬さだ。……斬魔刀ですら通じるかどうか分からぬというのに、その刀では折られる危険性もある」


 ハークの斬魔刀と剛刀の攻撃力付加値は、ハークが装備した場合、二十の差がある。

 ヒト族のレベル差に換算すれば、七~十もの開きと置き換えることもできた。

 ただでさえハークとモログの間には二十近くものレベル差が存在するのである。武器選びも慎重を期する必要があった。


「……確かにそうかもね。ケド、それじゃあどうするつもりなんだい? 『カミカゼ』無しってことになっちゃうけど」


「そうだな。代わりと言っては何だが、今回はコイツも持っていく」


 そう宣言して、ハークは斬魔刀の鞘を指差した。




   ◇ ◇ ◇




 ハークが会場に再び姿を現した時、観客の盛り上がりは今日何度目かの最高潮を更新していた。


「おうおう、スゲーな」


 すぐ近くの者達とも話し辛いほどの音の洪水の中で、フーゲインは愚痴のごとく独り言ちたつもりであったが、アルティナ達の耳には届いていた。


「本当に天井知らずですね。お客さん、さらに増えたのではありませんか?」


「そうですね、姫様。オルレオンの街中の人々、その全人口と同じくらいの人がここに集まりつつあるのかもしれません」


「お嬢、さすがにそれは……、いや、立ち見も大分出てきたし、あながち言う通りなのかも……。ここ闘技場には非常時に、街中の人間を全員収められるだけのキャパがあるからねえ」


「そうなのですか、エヴァンジェリンさん? 確かに大きいとは思いましたが……」


「ああ、そうなのさ、姫さん。このオルレオンは、他の大きな街と違って城壁が存在しないだろう? これは建都当時の大将やベルサさん達が、街の早期の発展を促すためにあえて建設しなかったんだ。様々な能力を持った亜人種(あたしら)を信頼してこそだろうけど、それでも不測の事態への備えを忘れたりはしなかったのさ」


「それじゃあ、ここ(闘技場)は、一種の避難施設、シェルターという訳なのですね?」


 理解の早いアルティナに、エヴァンジェリンは笑顔を見せて頷く。熊の獣人族としても特に獣に近い容姿を持つエヴァンジェリンが笑うとヒト族には威嚇のようにしか見えないとは先にも書いたが、アルティナは順応速度も並みではなかった。


 そんな中、フーゲインが忌々しげに口を開く。


「ケッ! いつか俺が、ンなことに使う心配もいらねえくらいに強くなってやるさ!」


「アンタねぇ……。大きな志も良いけれど、もし、帝国全軍にでも突然攻め込まれたりしたら、壁無しではどんだけ強くたって全員を守り切れるモンじゃあないよ。あの大将でさえ、そうと確信しているからこそ、この馬鹿デカい闘技場の建設を決めたんだろうからね」


「む……ムウ……」


 エヴァンジェリンの的確な助言の前に、フーゲインは口ごもるしかなかった。


「この巨大コロシアムが建造を決定されたのは、オルレオンの建都とほぼ時を同じくして、なんですよね? そう考えると、リィズの御父君、ランバート様は本当に戦の天才なのですね」


「あはは……、ちょっと、特化し過ぎなんですけどね……。あっ、モログ選手も出てきましたよ!」


 リィズの一言とほぼ同時に会場中から怒号とすら感じ取れるほどの大歓声が巻き起こる。人々の声が大気どころか巨大な建造物さえ震わせているかのようだ。先のハークへのものすら凌ぐ。

 当然だ。彼は多くの観客たちにとって、今大会の主役であるのだから。


 相も変わらず、彼は悠々と、巨大な斧槍を肩に担ぎ、頭部を顎まで隠れるフルフェイスヘルムで覆い、そして首から下を包む真紅のマントを揺らしながら試合舞台へと向かう。

 それだけで威圧感たっぷりなのは、揺れるマントを下から押し上げている、限界まで搭載された筋肉のせいだけでは決してなかった。


 ハーク応援団の年長者組の一人、ブライゼフがぼそりと言った。


「気合入っとるのう」


「分かるかい、ジイさん」


 まず最初に反応したのはフーゲインだった。


「まぁな。この決勝を楽しみにしておったのは、我らが隊長のみではなかったっちゅうことだ。……ん?」


「どうかなさいましたか?」


 怪訝そうな声を出すブライゼフに、次に反応を示したのはアルティナであった。


「隊長の装備が今までとどこか違うと思っての」


「あ! そういえばそうですね! いつもは抜き身で持ってきていた斬魔刀を、今回は鞘付きのまま携えておられます!」


「それだけじゃあないぞい、お姫さん。いつもは腰に装備しとる短い方のカタナも見当たらん」


「確かにそうです! 一体どういうことでしょう……?」


「フー兄、何か分かる?」


「そうだなァ。攻撃力の問題じゃあねぇか? モログの肉体の強靭さは折り紙つきだ。あのでっけえ方のカタナ、『ザンマトウ』だったか? あれじゃあなきゃ通じもしねえと、ハークは考えたのかもしれねえ。あのトンデモねぇ攻撃速度は惜しいだろうがな。鞘ごとってのは、不測の状況に追い込まれた際に何かしらで使う気なんだろう」


「なるほど、そういうことですか……」


 ここで、モログが試合舞台上に到達する。

 そして武器を持っていない方の左手を、拳を握った状態で高々と掲げた。観客たちの歓声に応えるかのようなモログのアクションに刺激されて、歓喜を爆発させたかのような反応が会場全体を包んだ。


「ちっ。口惜しいが、絵になるヤロウだぜ」


 フーゲインが語った台詞は、ハーク応援団の心境を正直に語るものであった。

 ハークとて、今大会での驚くべき活躍と戦績、そしてその容姿とで確実に名を上げ、同時に人気も急増させているが、やはりモログには敵うべくもない。モログは押しも押されぬナンバーワンだからだ。


 決勝戦を相争う両雄二人が舞台上に揃った。

 そこに珍しく、拡声法器を手に携えた実況も舞台上に上がり、彼らの間に立つ。


「さぁっ! 両雄揃い踏みです! それでは大事な決勝戦の前に、お二人に一言ずつお伺いしていきたいと思います! まずはモログ選手からお願いします!」


 差し出された拡声法器(マイク)を流れるようにモログが受け取ると、彼のファンたちがそれぞれに声を送った。


「うむッ! 皆楽しんでくれていて何よりだッ! だが、なによりこの先は俺自身が楽しみでもあるッ! 嘗てッ、これほどの実力を持つ挑戦者がッ、俺の前に現れたことはないッ! 決勝は激戦となろうッ! しかしッ、勝つのはこのオレ様だッ!」


 ここでモログはわざと言葉を切り、周囲を、声援を送る観客を見回すようにゆっくりと四方へと顔を向け、また再度口を開いた。


「それでは紹介しようッ! 最強の挑戦者(チャレンジャー)ァアアッ、ハーキュリースッ=ヴァンッ=アルトリーリア=クルーガアァッ!!」


 言い終わるや否や、モログは拡声法器(マイク)をハークの方にひょいと放る。

 両手で受け取ったハークは、「うぉおおおーーっ!」という言葉ではなく(たかぶ)りの発露を背に受けつつ、それが少しだけ収まってから口を開くが、無論、狙ってのことではない。初めてのことで戸惑っていたら、偶然そうなっただけだ。表情の変わらぬ彼の姿から、ハークのその内心を察せられたのは、本人を除けばこの場で彼の従魔たちだけだったに違いない。


「ふむ、挑戦者、か。当然よのう。儂とモログ殿との間には、どう取り繕おうとも拭えぬ差が確実にある。貴殿がこの場において王者であるのは、誰の眼においても間違いないことだ」


 観客が少しだけ静まっていく。ハークの言葉が、自分の不利を存外認める内容であったからということもあるにはあるが、なにより想像とは違い、彼の口調と話しぶりが随分と落ち着いた、いわば古風なものであったからに起因していた。

 しかし次の瞬間、エルフの少年剣士の口調が大幅に変わる。


「しかしだ! 本日、儂は幾人もの、本当に強き男子(おのこ)たちと戦わせてもらった! 彼らは儂に敗れはしたが、その想いはどれも強く逞しいものであった! 儂は彼らのその想い全てを背負い、この試合に挑む覚悟でここに来た! 儂に勝つつもりであるのならば、この想いごと我が魂をなぎ倒す気でかかってこい! いくぞ!」


 今世にて二度目となる、ハーク最大の挑戦が今、始まろうとしていた。





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[一言] なにしろ「不敗の男」だからな!
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