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292 第19話16:THE WEIGHT OF MY PRIDE.③




「ぐぅお!?」


 予期せぬいきなりの傷に、クルセルヴは後退する。だが、簡単に機を逃す相手ではなかった。

 続けての再度の三連撃。今度は素早いだけの攻撃を身体の中心へと集め、本命の三撃目を右肘に喰らわせる。首から下を守る高価な凍土国製の聖騎士団団員用のフルメイルで、当然肘も守られているが、ハークの斬魔刀は易々と突破した。


「うぐっ!?」


 脅威を感じたクルセルヴは立て直しを図るためにも間合いを離そうとする。とはいえ、場外負けという規定が存在する以上、連続での後退を嫌い右に跳ぶ。


 しかし、その場にハークが既に待ち構えていた。クルセルヴの次の動きを完全に読んでいなければこんな動きはできない。

 ハークはクルセルヴが左手の盾を前面に押し出すようにして退避すると予測して先回りしていたのである。上段に振りかぶりながら。


(うおぉっ!?)


 打ち下ろしの強烈な二連撃を、クルセルヴは咄嗟に頭上に構え直した剣と盾で受ける。今度は強烈な連続攻撃であり、大地に押しつけられたかのようだが、上に意識を持っていかれたところで左膝に痛みが(はし)った。

 またも鎧を貫通され、斬られたのである。


 ただし、またも浅く。


(こ、こいつっ!?)


 そして更なる三連撃がクルセルヴを襲い、またも最後で右膝を浅く裂かれた。


 実況の絶叫が、拡声法器にて増幅されて会場に響く。


「凄いスゴイすごーーーい! ハーク選手、先手を取られたかと思いきや、突然の大攻勢です!」


「うむ、これは驚いたな」


 解説のロッシュフォードが、言葉の割には淡々とした口調で語った。


「な、何がでしょう!?」


「両雄の隠していた実力差にだ。こうまで一方的になるとは思わなかった。無論、序盤戦であればこそ、なのかもしれないが」


「確かに! いわゆる小手調べというヤツですね!? あっ!? クルセルヴ選手大きく後退! 接近戦を嫌ったか!?」


 実況通り、クルセルヴは試合舞台の(きわ)近くまでバックジャンプすることで、一時的にハークの刀の間合からの脱出にようやく成功していた。



 傷こそ増えてはいても、いずれも浅傷(あさで)もいいところであり、減少させられたHPはごく微量。

 しかし、ここまで良いところ無くやられ放題になるとは思っていなかったクルセルヴは、試合の主導権を奪い取るべく一つ目のカードを切った。


「ぬおおっ! 『音速斬撃(ソニック・ブーム)』!!」


 振り上げた剣に魔力をまとわせ、振り下ろすと同時に放出する飛ぶ斬撃。

 高レベルかつ剣技に特化して訓練してこそようやくレベル三十五にて習得できるという、強者専用にして高等レベル技の代名詞ともいえるSKILLの、本大会初のお目見えに会場がわっと湧き上がる。


 が、ハークは実に無造作に、ひょいっと、まるで猪武者の突進をいなすかのように躱した。

 もし本当に、突撃してきたのが単一の魔力によって形成された刃ではなく猪武者であったなら、すれ違いざまに首を落としていたであろうというくらい無駄がなかった。


「おっ、おのれっ! 『音速斬撃(ソニック・ブーム)』! 『音速斬撃(ソニック・ブーム)』!!」


 ハークの動作から全ての意味を理解できてはおらずとも、脅威を感じたクルセルヴが今度は十字に宝剣を振るい、二度『音速斬撃(ソニック・ブーム)』を発生させる。

 それも、ハークは二連の時間差斬撃をごく簡単に、最小の動きで躱した。


「バカなッ!? どんな仕掛け(トリック)だ!?」


 その言葉を聞いて、ハークは先程の攻防込みで、若干に落胆していた。


〈正直、期待外れだな……。ひと通りの剣の修業は積んでいるようだが、あくまでもそれなりだ。しかも、ここ最近に対人戦を行った形跡が無い〉


 魔物を倒すことを本分とする冒険者であればままあることであろう。そして対人戦はレベル四十という彼のレベルを考えれば、実戦どころか稽古での模擬戦すら難しいのかもしれない。まともに相手を務められる人物は限られてしまうからだ。


 ハークであれば、あそこまで間合いを離した状態で飛ぶ斬撃(あんなスキル)など放ちはしない。

 当たれば大きいのかもしれないが、要は一振りの斬撃が単純に長くまっすぐと進むだけに過ぎない。近距離で当たらぬものが遠距離でなら当たる、そんな都合の良い話などないと少し考えれば解りそうなものだ。


 ハークならば、むしろ近距離戦で突然使う。斬撃を引いて逃れようとする相手に刺さること間違いなしであろう。つまりは重要な一撃を伸ばし、勝負の決めに使用する、ということだ。

 クルセルヴの使い方では無駄に魔法力を消費するのみである。牽制は所詮、牽制でしかない。必殺となる攻撃力を秘めていても、だ。


「くっ!」


 たまらずクルセルヴが前に出た。舞台端近くに追い詰められかけていたのは彼自身なのだから、自分から先に前へ出なければならないのは当然の話だった。




   ◇ ◇ ◇




「いやぁ、なんとなくしか解っちゃあいなかったケド、お嬢に姫様、アンタがたのお師匠は凄まじいねえ。王国冒険者ナンバーツーを全く寄せつけていないじゃあないか」


「う、うん。エヴァ姉の言う通りだね」


「はい。強い強いとは思っていましたが、ここまでとは思っていませんでした」


 エヴァンジェリンの率直な感想に、驚きを隠さぬまま肯いて答えるリィズとアルティナたち。


 彼女らの驚愕も仕方のないものと言えるのかもしれない。なにしろ、試合舞台上の近距離戦で、ほぼ全ての攻防においてハークが常に上回り続けていたのだ。


「だから言ったろ? 技術だけなら、ハークに敵うヤツはいねえってよ」


「言ったね。ただ、その辺りのことを、も~少し嚙み砕いて説明しちゃあくれないかね? なんでああも差がつくんだい? ハーク殿は何かしているのかい? ホラ、お嬢や姫様も聞きたがっておられるよ」


 エヴァンジェリンの言葉を肯定するように、リィズとアルティナの二人がこくこくと首を縦に振る。


「まぁ、やってることは結構単純だ。クルセルヴの攻撃を的確に撥ね返した上で、返すカタナで防御しようとする盾もはじく。攻めも守りもできなくなったところで安全にハークが攻撃を決める機会が訪れる。この流れだ。ただ、隙は一瞬であるがために、ハークも踏み込み過ぎないようにしているな。デカいダメージは与えにくいが、極力、いや、可能な限りのリスクを排した堅実な戦い方だ」


「ナルホドね。焦って手を出し続けたところで更なる地獄にご招待ってトコロか。しっかし、狙ってあれほど完璧にできるモンなのかねぇ?」


アイツ(ハーク)はどんな腕の位置、どんな体勢であろうとも、あのカタナを振れる状況であるのならば、常に最適(ベスト)な一撃を放つことができる。だからこそ、あれほどに有利を維持し続けられるのさ」


「そういやアンタも結構やり込められてたねェ。あそこまでヒドくはなかったケド」


「まぁな。俺には蹴り技があったからな」


「あ、そうか、そういうこと……。……ってこたァ、ひょっとすると最後までこのまま!?」


「かも知れねえ。技術は勿論のこと、攻撃力に攻撃速度まで、クルセルヴはハークに負けているように視える。と、なれば、セオリーにねえ動きでもやらねえ限りは、永遠このままだ」


 この場で一番の実力者の太鼓判に、聞いていたハークの二人の弟子たちは色めき出す。


「じゃあ、この試合はもう……!?」


「ええ、姫様! もらいましたね!」


 フーゲインも、彼女たちが導き出した答えに否定することはしない。

 だが肯定もしなかった。それは両者が立っている限り戦いの勝敗は決まることなどないという大原則と共に、一つ頭の片隅に引っかかっているものがあるからだった。


(モーデル王国冒険者ナンバーツーってのは、こんなもんなのか……?)


 どうもうまくいき過ぎている気がする。

 そもそも、レベル四十にして、フーゲインやハークと同じ上位クラスSKILL持ちであるにもかかわらず、近接戦闘に関わるステータスで軒並みハークに負けているように視えるのが腑に落ちなかった。


(条件は同じのハズだというのに、そんなことがあるのか?)


 ハークが一気に踏み込むことなく、未だ勝負をかけずにいるのはその辺のことが関係しているような気がした。


(もしかすると……、あのヤロウ(クルセルヴ)はまだ本領発揮していねぇんじゃあねえか?)


 自問自答するフーゲインがやがて導き出した答え。

 それは、クルセルヴの上位クラス『聖騎士(パラディン)』が持つ専用SKILLが、今現在、条件を満たすことができずに、この場面で発動し切っていないのではないかというものだった。





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