279 第19話03:第一回戦突破
観客に与えた衝撃に比べてごく短時間で終了した開幕戦は、次の試合が既に開始されているにもかかわらず、観客の心を掴んで放していなかった。
その証拠に観客のほとんどは、今、目前で行われている試合より、先の開幕戦の話題しか話し合ってはいないのだから。
それはオルレオン冒険者ギルド第七寄宿学校に所属する全生徒の面々も全く一緒であった。そんな場に、話題の中心であるその人、ハークと彼の従魔たち、そして付き人のシアが姿を現せばどうなるか。
答えは、三桁の数にのぼる若き有望なる新人らによって巻き起こされた歓声が、怒号と化す、である。
試合会場では二試合目が既に終了しており、三試合目がこれから始まる状態である。そろそろ周りの観客たちが、その盛り上がりように眉をひそめ始める頃、ようやく年長者である講師の一人が諫めにかかった。
「おおーーい! お前ら! 気持ちは分かるがそろそろ静まれ!」
臨時講師フーゲイン=アシモフが敢えて圧力を籠めた大声で言うと、潮が引くかのようにどよめきがみるみる静まっていった。
「済まんな、フーゲイン殿」
「気にすんな。あのまんまじゃあ、話すらできねえからなぁ」
「ま、あの内容じゃあ仕方ないよね」
「そういうことネ。ホラ、ここに座ったら」
ハークの仲間達アルティナとリィズに加え、フーゲインとその隣に座っていたエヴァンジェリン、そしてヴィラデルまでもが、ハーク達が腰を下ろせるようにと立ち上がって席の間を詰め始める。
「有難い。だがエヴァ殿、窮屈ではないかね?」
「まあ、大丈夫さ。気にしないでいいよ」
「そうか」
元々、身体の特に大きいエヴァンジェリンだけは少し身を縮めるかのようにしていたが、ひらひらと手を振る彼女の様子に気にし過ぎも良くないと気持ちを改め、ハークとシアも促されるまま客席へと座った。虎丸はいつものように主の前を陣取って寝そべり、その肩に手の平サイズの日毬がひらひらと舞い降りる。
ようやくとマトモに互いが話せる状態となり、まずはアルティナとリィズが口火を切る。
「ハーク様、一回戦突破おめでとうございます!」
「さすがはハーク殿です! 見事な一刀でした!」
二人を皮切りに、残りのメンバーも次々と祝辞を述べ始める。
「ありがとう、皆。だが、まだ一回戦を突破しただけだ」
ところが、礼を返しつつもハークはこの反応である。他の者から視れば会心の出来であった結果にも、ハークが一切の慢心を表に出すことはない。
「オイオイ一撃だぜ、一撃。もう少し喜んだっていいんじゃあねぇか?」
「アタシもそう思うわヨ? 最高の結果だったじゃない。相当の実力差がないとあんなことはできないでしょう?」
フーゲインとヴィラデルが揃って取り成そうとしてくれたが、ハークは首を横に振る。ヴィラデルの言葉の裏に、少しは喜ぶところを見せないと可愛げがない、という意図が隠されていたのを感じただけではなく。
「いや、アレは偶々というか、相手の動きが完全にこちらの意図通りであったからだ」
「どういうことでしょう?」
もう女性であることを偽り、男性のふりをする必要のなくなったアルティナが素直に首を傾げる。こういった動作が彼女生来にて本来のものなのかもしれなかった。
「私には分かります! ハーク殿!」
彼女とは逆に、アルテオを名乗っていた頃と全く変わらぬ動作と言葉遣いでリィズが片手を伸ばす。
「え!? 教えて、リィズ!」
「はい、姫様! ハーク殿と対戦した他の七人は、不勉強にもハーク殿の事をよくご存知なかった様子。その証拠にハーク殿入場のアナウンスで、初めて一斉に注目したかのような動作を見せておりました!」
「そうね、確かに他の方々は、明らかにハーク様の功績を聞いて驚いた様子を見せていたものね!」
「そうです! それはつまり、おししょ……いえ、ハーク殿の情報をある程度聞いたことで、その強さを想像できるようになったとはいっても、戦い方までは知りようがないということです!」
「ああ。そういうこと?」
ヴィラデルは気がついたようで、したり顔で声を上げる。隣のエヴァンジェリンも答えに到達できたような表情を見せる中、フーゲインだけが首を傾げる。
「んん? するってぇと?」
「まだ解んないのかい? エルフ族といえば魔法攻撃じゃあないか」
「ん? ……ああ、そうか! そういうことか!」
エヴァンジェリンの一言でフーゲインも気がついたようであった。
「エヴァ姉の言う通りだね! エルフ族は魔法の達人。遠距離攻撃に対抗するためには間合いを詰めること、そして可能であればそのまま押し切ってしまうのが定石!」
「ということは、あの七名の方々は単に常道通りの戦法に則った攻撃方法をとっただけ? ハーク様が常なるエルフ族の方々と同じようにしか戦えぬと信じて」
「はい! ゆえに超達人であるハーク殿には簡単に見切られてしまったのです!」
「おお~!」という感嘆の溜息が、リィズの講釈を聞こえていた人々の口から漏れていた。
一方で、ハークもそこまでの内容を理解していたリィズに感心する。
無論、昼夜問わずに刀の修業に明け暮れ、今日までハークの課した鍛錬を、一段一段段階を踏みつつ乗り越えてきたからという下地あればこそでもあるが、彼女の天才性、そして刀に対する順応性をも示すものだった。
自分の想像すら超えていたリィズの成長ぶりに、ハークは彼女の頭を撫でてやりたいという衝動のままに動くところであった。
だが、ヴィラデルが直後に吐いた、核心を突きながらも辛辣なる言葉が彼の衝動を制することになる。
「よーするに、半端な達人であったことが、逆に彼らにとって仇となったワケね」
その通りだし、自身の脳裏にも試合直後によぎった結果論であるが、口に出すにはあんまりな分析であった。
「まぁ、そうなんだがな……」
事実であるだけに、やれやれと首を振りたい気分を我慢してハークは肯く。この印象は、ハークの中でヴィラデルに対する悪感情がどうしても拭えずに未だ存在するからだけではない筈だった。
〈どうもヴィラデルは、本質を突いたからといってそのままを口にする傾向があるな。頭良いくせに。いや、だからこそなのか〉
平たく言えば正論すぎるのだ。事実であっても、相手の心の中へと浸透させて納得させることができないならば何の意味も持たないこともある。
前世でも、頭の特に良い者にこの傾向がみられたことが多いのを憶えている。
現実と人情とは、どんな経験の持ち主であったとしても、時に乖離するものなのだ。なればこそ、粘り強く説得するという行為が必要になる。それが気を遣うということでもある。
彼女はそれが足りない。頭脳明晰であることも要因の一つだが、ずっと一人で生きてきたこともその一つであると、ハークには思えた。
「はは……。確かに対魔術師系であれば、間合いを早く詰めなくちゃいけない、っていうのは近接戦士系の必須傾向でもあるからね。ところで、ハーク。この後は、午前中はもう出番はなかったんだよね?」
微妙な空気感をシアが話題を変えることで打ち破る。彼女も一人の期間は多かった筈なのにこの違いは、シア生来の優しさが強く影響していることなのだとハークは確信しつつ、質問に答える。
「そうだな。緒戦の集団戦はあと三十試合以上行われて次は午後からと聞かされている」
「だったら、今の内に食事に行っておかないかい? 混んじまって食いっぱぐれる、なんてワケにはいかないだろう?」
「む、そうだな。シアの言う通りか。メシも食わずに肝心の試合で力が出ないなど冗談ではないしな」
「それじゃあアタシが案内するワ。この近くに良いお店があるのよ」
「またとんでもなく値段の高い店ではなかろうな?」
ヴィラデルの立候補にハークが苦言で返す。
ヴィラデルはある程度以上の高級店にしか紹介しないからだ。
ソーディアンでも時たま修練の終わりに、彼女に食事場への案内を任せたことは数度あったがその度に値段の高さに驚かされていた。
主にシアが。
「ちょっとくらい高くったって、今のメンバーなら問題ないでしょうに」
「……まぁ、確かにな」
ハークも含め、今この場にいる面子の誰もが今やかなりの財産持ち、そして高給取りである。アルティナとリィズはその立場と出自から元々当然であり、ハークとシアも今ではごく一部の強者として、高レベル冒険者の地位にいる。もはや金に困る立場ではない。
「行ってきな。あたしらはもう少し見てくから」
「あれ? エヴァ姉とフー兄は行かないの?」
リィズが言うように、エヴァンジェリンとフーゲインの二人はハーク達が腰を上げようとしても試合会場を見詰めたままだ。
「ああ、俺もまだ見ていくよ。俺の部下や同僚が出てンだ。初戦突破の望みは、この形式が苦手ってこともあるから難しいとは思うケドよ、せめて俺たちの眼で見届けてはやんねえとな」
「そうなの? 私も知ってるヒト? じゃあ私も残ろうかなぁ」
「お嬢は気にしなくていいよ。結果は後で教えてあげるからさ。皆さんと行っといで!」
「ウン、わかった」
そうして、ハーク達はパーティーメンバーにヴィラデルを含めたような形で彼女行きつけのレストランへと足を運ぶこととなった。
そこでスジ肉ですら柔らかく煮込まれた料理に全員で舌鼓を打つのだが、その美味しさだけでなく、値段にもシアは目を回していた。




