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252 第17話15:ジョーカー




 球体に近い岩石か鉱物かといった胴体より、管の様な手足が飛び出ているかのような様相だった。赤い一つ目が光る、顔に視えるものも上部に現れていた。ただし、首がほぼ存在していない。


「まさか……、滅びたと言われた技術、ゴーレムか⁉」


 誰かが言った。それと全く同時であった。

 二体が揃って跳躍したのである。


「うおっ⁉」


「どわっ⁉」


 驚愕の声が上がるのも当然だ。ゴーレムらしきもの二体が姿を現したのは百メートル近い距離があったのだ。しかし、一足飛びでその距離をほぼ潰され、ハーク達のいる崖の下にほど近い場所にまで到達していた。

 しかも想像以上に体重があるのだろう、着地の衝撃で下の荒れ地に蜘蛛の巣状の地割れと衝撃波が発生していた。


「総員、戦闘態勢を取り直せ! それと、ここ(・・)は駄目だ! 降りるぞ!」


「「「「「はっ!」」」」」


 半すり鉢構造であるこの場は隠れ家としては優秀だが、迎え撃つような戦いを行うべき場所でもない。

 寄せ手であるランバート率いるワレンシュタイン軍が、碌な抵抗も許さずに侵入者総勢三十三名を捕縛できたことからも充分に察せられる。

 即座にワレンシュタイン軍はハーク達も含めて崖下に飛び降りた。

 軍所属のランバートの部下たちは、その時までに眼を醒ましていた約半数ほどの捕虜たちもそれぞれに連れていく。咄嗟の襲撃に対応せねばならなかったし、作戦は既に粗方完了していたのだから、依然として気絶したままの捕虜は後に回収すれば良い。正しい判断の筈であった。


 が、ワレンシュタイン側が崖下に着地する直前、またもゴーレムらしき二体が跳躍していた。


「何⁉」


「しまったぁ!」


 先がハークで、後がランバートの台詞であった。

 明らかな敵二体は、崖下に降りたハーク達を跳び越す勢いで跳躍していた。着地地点は恐らく今の今まで自分達が立っていた場所である。ハーク達はあの場所が不利だと判断しての移動を行ったのだ。自ら状況悪化を招くような跳躍に、ハークは意外感を禁じ得なかった。


 そしてランバートは、その跳躍の先、着地地点に何があるのかを気づいて思わず声を上げたのだった。


「「裏切者ハ始末スル」」


 抑揚のない声と共に拳を振り上げる動作も全くに重なっていた。

 そのまま着地と同時に振り落とされた鉄槌の様な拳は、何と、リン達侵入者が今まで潜んでいた小山を打ち砕いた。あの場に置かれ、気絶したままの捕虜たちとともに。


「うおっ⁉ 何ィイイ⁉」


 フーゲインが思わず大声を上げる。

 この場にいる者達の中で徒手空拳一番の専門家が驚愕を示している。

 ということは、二体同時とはいえ、一体分の攻撃力はフーゲインを超えるかも知れないことを示していた。

 ハークはガラガラと崩壊する岩の山から視線を外さぬようにしながら、横の虎丸へと念話を繋ぐ。


『虎丸!』


『はいッス、ご主人! 申し訳ないッス! ヤツらが潜んでいることに気付けなかったッス!』


『分かっている! 謝ることなどない! 例によって、匂いが無かったか!』


『そ、その通りッス!』


 超絶とすら評すことのできる虎丸の嗅覚ではあるが、完全無欠とまでは言い切れない。

 その理由の一つとして、生物ではない無機物にまでは反応し切れない点が挙げられる。

 無論、無機物にも匂いはある。岩には岩の、木には木の、水には水の匂いが存在する。しかし、その一つ一つを始めから警戒する者などいない。虎丸とて同じであった。つまりは区別がつく匂いではないのである。


『そのことは良い! 奴らの戦闘力はどうだ⁉』


『レベルは二体とも三十七ッス! 他はちょっと待って欲しいッス!』


『分かった!』 


 即座にハークは得た情報を共有する。


「全員傾聴してくれ! 奴らのレベルは三十七だ!」


「高いな! 大将⁉」


「応! 俺とフーゲインを戦力と考える! ベルサとエヴァンジェリンは他の兵士達と共に恭順者の保護に当たれ!」


「「了解です!」」


「ハーク! そちらはどうだ⁉」


「虎丸、日毬、やるぞ!」


「ガウッ!」


「キュン!」


「ハーク! フーゲインさんがいけるのなら、あたしもやるよ!」


 シアが自ら名乗りを上げる。フーゲインはレベル三十五。シアの三十四に対して一つの違いしかない立候補は妥当なものだった。


「了解した! ヴィラデル! 貴様は先付けを行った後、魔法で援護に回れ!」


「お任せよンっ!」


 応えたヴィラデルがすぐに魔法構築の体勢に入る。彼女に集まる精霊色により、ハークだけはその魔法の属性が氷であると分かった。


「ぶ、部下たちが……⁉」


 未だ崩落の収まらない小山だったものに対し、リンが近づこうとするのをリィズが肩を掴んで止める。


「待つのだ。恐らくあれでは助かった者はいないかもしれないが、もし、いたとしてもあなたが行っても死体の数が増すだけだ。落ち着くのだ」


「しかし!」


 ここでアルティナもリンの説得にかかる。


「リィズの言う通りです。まずは敵を無力化するほかありません。ここはお任せするのが賢明です」


「その通りです、お頭。残念ながらお二方の仰る通りです」


「じい……、しかし……!」


 この会話は勿論、ハークの耳にも届いていた。


『虎丸。あの場にいた捕虜で、まだ生きている者はいるか?』


『いるッス。直撃を受けていない者の内、三人ほどはまだ息があるようッスね。もう瓦礫の中ッスけど』


『逆に言えば十を超える数の命を二体同時とはいえ一度で奪った訳か』


『攻撃力だけならば完全にオイラ以上ッスね。助けるッスか?』


『お主も無傷でこなせるならばな。いけるか?』


『一瞬でも動きを止めてくれれば、いけるッス!』


『よし、ヴィラデルに繋いでくれ』


『了解ッス!』


 虎丸は瞬時にヴィラデルを念話に含めた。距離的にも近ければ一瞬である。


『なぁに、ハーク? 魔法のリクエストでもあるの?』


『いや、『氷の墓標(アイス・トゥーム)』を使うつもりなのであろう?』


 氷の上級魔法『氷の墓標(アイス・トゥーム)』とは、瞬間的に対象の周りの空気の熱を奪い、氷の棺の如く出現した氷柱に閉じ込める魔法である。

 最大耐久力や精神力が術者の魔導力と差があれば、そのまま凍結死すら狙える恐怖の魔法だ。ただし効果範囲は狭く、動き回る相手に合わせて発動するのは至難の業であるが、もし耐えられたとしても、生き物であるならば体温の低下により、一時的にでも動きが鈍る筈だし、生き物でなくとも閉じ込められた氷の棺から脱出する時間分はその場に釘付けにできる筈なのだ。

 ヴィラデルはこれを、完全な無機物かどうかの判別と、次なる魔法へのつなぎ(・・・)とするつもりであった。


『ええ。ハークには解るわよネ』


『まぁな。そいつを最大出力で頼む。その後、追撃を撃ち込むのも合図まで待ってくれ』


『へぇ、それも解るようになってきた(・・・・・)のネ。りょーかい、承るワ。では、行くワよ!』


 眼前の崩落は漸く収まりを見せていた。崩れ落ちてくる岩の雨と土煙の間から赤い光が覗く。先の二体の一ツ目が光に違いなかった。


「行くわよ! 『氷の墓標(アイス・トゥーム)』‼」


 周囲の温度がいきなり下がり、誰もが肌寒さすら感じた瞬間、氷の棺どころか、氷の(おり)が出現していた。二体を完全に閉じ込める檻である。

 その巨大さ、見事さに誰もが驚嘆の声を上げると同時に、ハークは虎丸に指示を飛ばす。


「虎丸っ!」


『了解ッスウ!』


 命を受けて虎丸が跳び出した。

 瞬時に風を超える速度へと達した虎丸が、砲弾かのように岩瓦礫の山へと突っ込む。

 かと思うとその中から人間の身体が二つ排出された。次いで、殆どの人間にはほぼ同時に虎丸までもが排出される。その口に一人の人間を咥えて。


「うォお⁉」


 あまりの速度に、視えた一人が声を上げる。そして、その時には既に虎丸はハークの隣に戻っていた。口に咥えた一人も含めて、意識のない三人の男の身体も並べるかのようにして。


 ————ビシリ。


 同時に、巨大な氷の檻に一筋の亀裂が生じた。

 ここまで約三秒。

 これはヴィラデルが使った特大の『氷の墓標(アイス・トゥーム)』が相手に何の効果も及ぼさなかったことを示していると言っても良い。

 判断は早かった。両者同時に。


「行けっ、ヴィラデル!」


「喰らいなさいッ! 『雷落としライトニング・ストライク』‼」


 轟音と共に、天から落ちた雷撃が未だ氷の中より脱出し切っていない二体の敵に降り注いだ。


 落雷は熱を伴う。ヴィラデルの創り出した氷を融解させて、周囲の岩を焦がしてもいた。

 煙と異臭漂う中、まるで何事もなかったかのように二体は身体の表面から煙を上げながらも歩き出していた。




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