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249 第17話12:Run away , If you can②




 音を出さぬようにランバート以下、ハークらを含めたワレンシュタイン防衛隊が慎重に、且つ迅速に進む。金属製の鎧に身を包むものはランバートやシア、エヴァンジェリンも含めて幾人もいたが、全員、可動部に布を噛ませてあるので余程激しく動かなければ接触音も鳴らぬように細工してある。


 虎丸の足元に寝かされる見張り役二人はまだ息があった。計画通りだが、そのままにして放っておく訳にもいかない。

 エヴァンジェリンとフーゲインが手足を縛り、口にも布を噛ませたところでワレンシュタイン軍所属の回復魔導士が手招きで呼ばれていた。喉への攻撃が少し深すぎたようだ。


 彼らの仕事の終わりを確認せぬまま、他の人員は小山とはいえ垂直の崖を登りにかかる。

 途中、ヴィラデルがどうしてもハークに対して話したいようであったので虎丸に言って念話を繋げてやった。


『何だ?』


『何だ、じゃあないワよ! 何よアレ⁉』


『アレとは?』


『新しい従魔の事よ! あ、分かった。この前、言い掛けたコトってあのコへの魔法教育を施して欲しい、とかかしら?』


『むっ』


 やはり察しは良い。知ってはいたがヴィラデルの頭の構造は元から優秀なのである。

 更に眼も良い。


『どう見たってあのコの方がアタシよりも魔導力高いでしょう? 調節が効かないかのようには視えたケド、さすがに実力で下回るアタシの言う事なんか聞いてくれるかしら?』


 考察も一々もっともだ。確かにその問題もあった。ヴィラデルなりの新たな視点である。

 彼女はそのまま話を続ける。


『それにしてもまたトンデモない従魔を拾ってきたモノねェ。アレ、精霊種なんでしょ? 見たこともない種族だけど、一体何なの?』


『その話はまた今度だ。準備が整ったようだからな。作戦再開だ』


『あ。そのようネ』


 総員、崖を登り切り準備完了であり、作戦再開も本当の事だ。しかし、ハークは直前のヴィラデルからの質問に、答えを窮していたのもまた真実である。どう説明するのが一番良いのか、後で考えなくてはならない。


 小高い岩山の中腹に存在していた窪みは半すり鉢の構造となっていた。その奥に都合良く洞窟が存在していた。掘ったか土魔法で生成したのかも知れない。


『虎丸、洞窟内部の構造はどうだ?』


『それ程深くはないようッスねえ。他の出入り口もないッス。抜ける風の匂いを感じないッス』


『ほう、万が一の逃げ道を用意していないのか』


 ハークとしては少し意外だった。隠れ家のようなこの場所に居を移してそれほど時間が経過していないのか。


〈或いは、指揮官が年若く未熟なせいかも知れん〉


 そちらの可能性の方が高そうだった。


『ご主人、四人、洞窟内から外に出てくる模様ッス』


『了解した』


 恐らく見張りの交代か、定期的な様子見であろう。

 ハークは隣に居るランバートに向かって無言で四の数字を指の数で表し、次いで洞窟入り口を指し示す。

 ランバートは頷くと、これまた無言でベルサ、エヴァンジェリン、そしてフーゲインに指示を送った。


 洞窟から襤褸(ぼろ)を纏った四人の男が出てくると同時に指示を受けた三人が一斉に襲い掛かった。

 エヴァンジェリンの槍の石突、ベルサの持つ剣の柄頭、フーゲインの両の拳が其々四人の男の鳩尾(みぞおち)に突き刺さり、一撃で見事に全員昏倒させていた。

 この瞬間、作戦の成否は九割方決した。


 ここでハークは敢えて言葉を発する。


「ランバート殿。あの洞窟内はどうやら袋小路のようだ」


「スゲーな。精霊獣はそこまで分かるのか」


 ハークが頷く。互いに声を潜めてはいても、もはや相手側に襲撃がバレても構わない。


「では、降伏勧告を行うとするか」


 ランバートはすり鉢の窪みに自ら降り立つと、下の見張りと同じように完全に無力化された四人の横を悠々と通過して、洞窟の入り口前に立ち叫んだ。


「おい、暗殺者共! この場は既に我らワレンシュタイン軍が完全に包囲した! 無駄な抵抗はせずに大人しく投降することをお奨めするぜ! こちらにも相応の準備がある。諸君らの生命は保証しよう!」


 古今東西、このような降伏勧告に素直に従う賊などいない。

 予想通り武器を構えた男たちがワラワラと跳び出してきた。ただし、無言で。掛け声すらもない。


「お嬢と姫さんはここで待っててくれな」


 フーゲインはそれだけ言うと返事も待たずに突撃を開始する。同時にエヴァンジェリン、ベルサ配下の兵士達も奔り出した。

 フーゲインが直立不動のままのランバートを追い越して彼に迫ろうとしていた無言の暗殺者共の前に躍り出る。


「『龍連撃(ドラゴンラッシュ)』‼ あーたたたたたたたたたたぁっ‼」


 いきなりの十連撃。敵一人に対して綺麗に二連撃ずつ与えることによって五人の男が物言わずに地に伏した。

 後続はあまりにも一瞬の出来事故に足が止まる。そこを見逃すワレンシュタイン軍の猛者共ではない。


「せりゃりゃあーっ!」


 唸りを上げてエヴァンジェリンの持つ槍がまず襲い掛かる。

 素早く絶妙な力加減で次々に喉を突いていく。ただし、槍の穂先ではなく石突の部分で。

 続いてベルサ率いるワレンシュタイン軍の兵士達が腹部などに攻撃を加えて見る見る無力化に成功していた。



 フーゲインやエヴァンジェリン、ベルサ以下の兵士達も本当は全力で一切の容赦なく殲滅に掛かりたいほどだった。

 彼らは領民が丹精込めて生産した穀物を、全くの対価を支払う事なく次々と奪っていった。

 あまつさえ、彼らの子供達まで奪って洗脳し、最後には自らの兵力として調教し、この国に対する戦力に仕立て上げるつもりであったというのだ。

 正に万死に値する。百の肉片に刻んで魔物の餌にしてやりたいほどの連中であった。


 だが、今回ランバートが下した作戦は、出来得る限りの無力化であった。

 ランバートは理由のない作戦は下さない。だからこそ、命令違反の常習犯たるフーゲインでさえ自分を抑え、率先して任務を遂行しているのだ。兵士達も一丸となって力を尽くしていた。


 あっという間に二桁を超える数が倒れていた。

 残る洞窟内に潜む男達は、このままでは不利と悟ったのか、集団で固まって洞窟外に跳び出す戦法を選択したようだ。

 一丸となる集団の内、前列の男達は完全に盾代わりである。言わば、肉の盾だ。

 だが、彼らの犠牲に目を瞑れば後続は反撃を行う隙が設けられる。非情だが、有効な戦法。そう評価できる筈であった。


「今だぜ、姫さん!」


「ハイッ! 皆さん離れてください!」


 フーゲインの合図と共にアルティナが飛び出す。同時にフーゲイン以下、ワレンシュタイン軍兵士たちは逆に後退、ある程度の距離を確保した。


「『電撃解放(サンダー・パージ)』ぃーーーー!」


 アルティナが諸手を広げ、全力で魔法SKILLを発動する。彼女の周囲から無数の電撃が発生し、一塊となった敵暗殺者たちに襲い掛かった。

 互いの距離が近過ぎたが為に彼らは逃げるも回避が間に合わず、強烈な電撃の前に意識を失い、折り重なるように倒れた。


 後に残ったのは洞窟の入り口付近に佇む一人だけだった。他の者と同じように襤褸を纏っているが明らかに背が小さい。アルティナと殆ど変わらぬ程である。つまりハークより少し高い程度だ。


 身体つきも華奢。間違いない。ハークには見覚えがあった。


「彼女だ」


「うむ。ベルサ、彼をここへ」


「はっ!」


 命を受けてベルサが場を離れる。彼らは知っていた。侵入者である彼らの頭領を務めるのは、まだ年若い女性であることを。


「どうした⁉ 皆、立て‼」


 女性特有の甲高い声が周囲に響く。彼女の仲間で反応できる者はいない。皆、意識を失い地に伏している。


「立てぬのならば、取るべき手段を取れ!」


 これは自決しろという意味なのだろう。元々は彼らの間のみで意味の伝わる言葉であった筈だが、今やこの場にいるハークらを含めた全員が理解していた。そして先と同じく、反応する人間はいない。


「お前たち! 立て! 一族の矜持を見せろ!」


 彼女は焦るというより憤懣やる方ないといった様子で、今にも地団駄を踏みかねないほどだ。そんな彼女に助け舟が現れた。正確に言えば、ベルサが連れてきていた。


「もうお止めくだされ、お頭」





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