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208 第15話07:Smell of Darkness②




 無論、ハークが地元民すら知らぬ特別な知識など持っている訳が無い。

 心当たりがあるのはエルザルドであった。


「ここが衛兵隊隊長殿の言っていた遺跡か。どうだ虎丸、何か分かるか?」


 虎丸と共に、遺跡の入り口から中を覗くハークが相棒に向かって尋ねる。ここでいつもなら『念話』を使って直ぐに答えを返す虎丸であるが、今回に限っては何度も匂いを嗅ぐ仕草を行った後、悔しそうに伝えた。


『ダメッス、ご主人。匂いでは、動く骨か動かない骨か全然判別がつかないッス』


「矢張りそうか」


 どうも今回戦う事になった骨の化物の最も厄介な点はそれらしい。

 生命活動のない死体なので体臭が全く無いのだ。故に、虎丸が先程言ったように個別の判断がつかない。

 索敵が全く出来ない、という訳でもない。朽ち果てた骨とはいえ、匂いが皆無という事もなく、近付かれればカシャカシャカシャと喧しいから、襲われれば気付くことは逆にハークであっても容易だ。

 しかし、今までのように事前に敵や標的の正確な位置を感知しての警戒、もしくはこちらから一気呵成に攻め入ることが難しくなった。


 虎丸は匂いだけでなく、地面から伝わる振動を肉球で感知して索敵を行うことも可能だが、骨の魔物は正に骨だけである為、体重が異様に軽いのだという。こちらも、精々2~30メートル圏内にでも入らねば感知はほぼ不可能であるらしい。


『申し訳ないッス、ご主人……』


「何を言う、たかが遠目の敵を感知出来なくなっただけではないか。お主の数多い長所の一つが今回頼れぬというだけだ。今回も頼りにしておるぞ、虎丸」


『ご主人……、了解ッス!』


 ハークの言葉に眼を輝かせる虎丸だが、別におべっかの御機嫌取りをハークはした訳でもない。偽りない本心から出た言葉だった。

 そもそも虎丸は今でも圧倒的に、ハークのパーティー内に於いて紛う事無き最大戦力であることに変わりはないのだ。攻撃力の合計数値こそハークが勝るようにはなったものの、その速度能力を活かした無類の殲滅力の前には、まだまだ適う筈も無い。

 更には念話の中継、前述の速度能力を活かした戦場への高速移動、高い持久力故の継戦能力等々だ。

 ハークも含めたパーティーメンバーの共通認識の中で、虎丸が最大戦力と認めぬ者などいない。その力の一端に過ぎないものが、今回偶々使えぬというだけなのである。


 ここでエルザルドも話に加わる。


『スケルトンなどの不死系魔物は、魔物などと銘打たれてはいるが、厳密に言えばゴーレムに近い』


『ゴーレム……。確か大昔の魔術師達が、その身辺を守る為に創り出した魔法の兵器人形であったか?』


 ハークが半年間超の冒険者ギルド寄宿学校生活で学んだ成果を遺憾無く発揮する。といっても、魔生物科の授業を受けたのはアルテオで、ハークは又聞きである。


 因みにではあるが、この魔法人形であるゴーレムの製造方法は、世間一般(・・・・)には失われたことになっていて、現存する野生のゴーレムはその全てが年代物だ。自らを創り出した主が寿命を迎えた、もしくは弑された後にあっても、未だに下された使命に準じて廃墟となった建物や場所を守護し続けているらしい。


『構造的にはそっくりなのだよ。最早動くことの無い骨の身体に対して、そもそもが動く筈の無い岩や鉱物、泥や土くれ、溶岩などという変わり種もおったな。それらを中心部の魔石乃至、魔晶石がまるで人形かのように操っておるのだ。自然に形成されたか、人為的に仕込まれたかの違いはあるがな』


『つまりは、だからこそ完全に倒すにはその身をバラバラに砕いてやるか、中心部の魔石か魔晶石を奪うしかないという事か』


『そういう事だ』


『ん? という事は、スケルトンとやらのモンスターもゴーレムと同じく何者かの命を受けて活動している?』


『……いや、普通のスケルトンであればそんなことは無い。元々、本来の彼らは無念や恨みなど負の感情を宿したまま死した、魂の残滓に宿った闇の精霊の成れの果てだ。それ故、出現した場所をぐるぐると徘徊しながら、時たま訪れる生者に襲い掛かる。……だが、先のスケルトン共は自ら生まれたであろう廃墟から外に出て来てまで、あの人間達を襲撃していた。おまけに、殺された者達を瞬時に同族たるアンデッドモンスターに変えてしまったという。これは最早……』


『絶対に普通のスケルトン、ではないか』


『そうだ。そして最初に空に現れたという巨大な骸骨……、『死神』の幻影……。今も薄暗い空……。これだけ状況証拠が整えばもう充分か。これは十中八九、『黒き宝珠』を何者かがこの地で起動させたのだ』


 エルザルドの口調には誤魔化しようも無いほどに悲痛なものが混じっていた。もし未だに肉体を持っておれば溜息交じりに頭を抱えていたかもしれない。


『『黒き宝珠』とは何だ? エルザルド』


 ここで虎丸も話に加わる。少し答えを急かすような口調でもあった。


『その前に、種族を代表して(・・・・・・・)謝らねばならん。迷惑をおかけし、本当に申し訳無い』


『ぬ?』


『何故エルザルドが謝る必要がある? その『黒き宝珠』とやらを使用したのは恐らく人間、しかも帝国の人間だぞ?』


 謂れのない謝罪など求める気などハークには無い。この事態を引き起こしたのはほぼ確実に、昨夜ハークが叩っ斬った帝国貴族出身の第一王子の護衛官二人組だと状況的に考えられるからだ。

 だが、その言葉は期せずして、エルザルドに謝罪の詳細を求める結果となった。


『その『黒き宝珠』を創り出したのが……、我らが同族であるからだ』


『何だと!? つまりは、龍族ということか!?』


 虎丸が思わず仰天している。当然だろう、ハークも同じ気持ちだ。


『虎丸殿の言う通りだよ。この街に入る前に、馬車の御者を務めるヒト族の男、スタンレイドルだったか、その男がこのトゥケイオスの街は数千年前の古王国首都であったなどという話をしておったな』


 ハークはその話題が出る少し前に微睡(まどろ)んでいたが、しっかりと憶えている。


『確か、歴史家の中でもそういう説を提唱する者がいて、未だ調査中につき証拠までは出土していない、ということであったか』


『その通り。そして、それは真実の事なのだ。ここには確かに、今の人間族たちが古王国と呼ぶ、古に栄えた王国の首都が存在しておった。我は……、我らはそれをしかと憶えておる』


『当時を生きておったが故に、か?』


『ああ。そして潰えた。この地で、『黒き宝珠』によって……』


『な……!?』


何故(なにゆえ)、そんなものを……?』


『創った者は、当時こう言っておったな、『乞われただけだ』と』


『乞われた……だけ、だと……?』


 鸚鵡(おうむ)返すハークに、エルザルドは尚も沈痛な声音で続ける。


『当時、人間族は漸く魔族の脅威から脱却したばかりだった。しかし、人間族というものは奇妙なことに、脅威が少なくなり、巨大な力を持つ敵が存在しなくなると、互いの中に、味方だった者の中に敵を見つけるようであるらしくてな。10年経たぬ間に幾つかの国に分裂し、相争うようになったのだ』


『…………』


 身につまされる話である。前世の歴史でも散々に聞いた事柄だ。

 どの世界であってもこういった悲しき人間の習性というか、(さが)というものは変わらないらしい。


『我ら龍種は、そんな人間族の争いに関わり合いを避ける者が殆どだった。我もそのクチよ。だが、中には崇められ、祀り上げられ、奉られることにより、直接的ではないにしても、間接的に手を貸した同族が居た。名をガルダイア=ワジ』


『……その名、聞き覚えがあるな』


『大昔、グレイトシルクワームの群れに手を出して、魔糸に絡めとられた浅慮な愚か者の名ッスね』


 虎丸が容赦の無い言葉を浴びせる。その言葉に、まるで苦笑するかの如く答えるエルザルド。


『浅慮な愚か者か、確かにそうだ。奴は正に、乞われるがままに古王国に力を与え、そして、与えられた者達はその力で自らを滅ぼした。『黒き宝珠』の起動実験に失敗して、な。ハーク殿……、いや、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーよ! これから話す事を心して聞いてくれ。それにより、戦うか、守るか、逃れるのかを選択するのだ!』


 エルザルドが語る『黒き宝珠』の力というものは、正にこの地に終焉を齎す、恐るべきものであった。






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