151 第12話01:プレゼント
彼女たちが強い焦燥感に捉われだしたのは、午前中、戦術科の授業のあとにシンと話してからであった。
「プレゼント?」
「ああ、俺らってさ、本来、あと一週間後に試験受けて、それに無事受かったら町の外での活動許可と一日だけの外泊許可が申請出来るようになる筈だったじゃあないか」
「ええ、新入生は皆そうですよね」
「うむ、我々は学園長のご厚意により既にご許可を与えられてはいるが、本来はその流れである筈だったな」
当時、その場にはシン、テルセウス、そしてアルテオの3人だけで、彼らパーティーの要であり、実質リーダーであり、剣の師匠でもあるハーク、そしてその従魔たる虎丸の姿は無かった。
シンとテルセウスは戦士科、魔法科、戦術科、アルテオは戦士科と魔生物科に戦術科を其々受講している。
シンとテルセウスは前述の通り全く同じ教科を専攻しているが戦士科は別クラス、魔法科はテルセウスだけが魔法使いとしての才を示し上級クラスであるためこれまた別。アルテオも戦士科はテルセウスと同クラスであるため、3人が一堂に会すのはこの戦術科のみであった。
因みにハークの選択教科は魔法科、算術科、歴史科であり、魔法科以外パーティーメンバーと被っている教科が無い。その魔法科も上級クラスでシンとは別、更にその上級クラスが2つに別れている関係でテルセウスとも別クラスであり、基本的に朝食時、昼食時以外は放課後まで会う事は少なく、故に学校内で集うことは殆ど無かった。
「ンでさ、前々から村をあげて師匠に絶対お礼をしなきゃって、皆で考えていたんだ。ホラ、俺らってさ、少し前にドラゴンがこの街を襲撃した際に師匠が庇ってくれなけりゃあ、全員おっ死んでたかもしれないワケよ。その後も村がまだ予定地だった頃に居座っていたトロールも退治してくれて……、まあ、ハッキリ言って、もし師匠がいなかったら今の俺たちは存在さえしていないかもしれないし、特に俺なんか絶対こうはなっていなかったハズなんだ。何とか恩返しを、とずっと考えていたんだけどさ。それなら村の皆で協力して何か一つのモンを作り上げて師匠にプレゼントするのが良い、ってことになったんだ」
「それはとてもいいコトですね!」
「うむ! 私も感服したぞ、シン殿! 因みに、何をお贈りするおつもりなのだ?」
そこでシンは少し恥ずかしそうに人差し指で頬をカリカリと掻く。
「服だよ。ウチの村にはかつて王宮御用達の機織り職人を務めた人が何人かいたんだけど、その人たちの教えを受け継いだ者達がいるんだ」
「ステキじゃあないですか!」
「たださ、師匠の服装ってさ、少し複雑というか、エルフ族だからなのかヒト族と少し意匠が違うじゃん。まあ、あんまり冒険者ギルドにいると気にならないけど」
冒険者ギルドには普段から様々な地方準拠、戦い方に合わせた結果やただ目立ちたいだけ目的などで、奇抜、奇妙、奇天烈、やたら派手など個性的な服装に身を包む者達が多く、複雑怪奇な意匠には事欠かないものだ。その中に居ればハーク程度など没個性に近い。目立つのは虎丸がいるからだ。
「そうだな、師匠の服装は羽織の様なものを胸の前で合わせてそれを腰帯で保持し重ね着するというエルフ族独特のものだ」
アルテオの言葉にテルセウスもウンウンと頷く。
「やっぱりそうなのか。そういう師匠の好みとかも含めて、着てる服も良く見せて貰って参考にさせようと思うんだ。そうすると、またウチの村に来てもらうのが一番手っ取り早いワケよ」
「ナルホド。だが、一日二日で作れるものなのか? 私は服飾には詳しくは無いが、注文しても1~2週間以上かかることが殆どだったぞ?」
「その点は大丈夫。村人総出でやらせるつもりさ! 生地の元になるものも、もう少しで準備できそうなんだ」
「本当にシンさんの村をあげてやるおつもりなんですね」
「ああ、そうなんだよ。そんなこんなで、準備が完了する予定の一週間後に師匠たちにウチの村に来てもらえることになっているんだ。そこで、テルセウスさんとアルテオさんには悪いんだけど……」
「ええ、問題ありませんよ。1日2日ぐらい自分の身は自分で守ってみせます!」
「うむ! いつもお世話になっておるお師匠を頼むぞ、シン殿」
ハークと虎丸、シア、そしてシンは元々先王の側近、ラウムの依頼を受ける形でテルセウスとアルテオの二人をパーティーに受け入れ、共に冒険者活動を行っている。今ではハークの指揮の元、彼ら二人もすっかりパーティーの戦力として定着したが、それは彼等の護衛も請け負うという側面もあった。
とはいえ、当時とは状況が違う。テルセウスとアルテオの二人のレベルは順調に上昇し、次々戦闘技術も習得している。そして何より二人の身辺を狙っていたであろう裏組織『四ツ首』のこの街における支部も壊滅状態に追い込まれていた。
そういう意味では週末くらいハークと虎丸がいなくたって、と二人は判断したのだが、シン達は違った。
「いや、実はその間の護衛はヴィラデル先生にお願いしてあるんだ」
「「何でヴィラデル(さん)なの(ですか)だ!?」」
5日前のことである。シン達殆どの学生は知らないが、深夜、校内に侵入者が現れた。
『四ツ首』ソーディアン支部からの刺客であり、『ユニークスキル所持者』であったその男を打倒したのは結果的にハークであったが、虎丸は勿論の事、古都3強の一角であるヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクスとも協力、連携を行っていた。
というのも、その『ユニークスキル所持者』アチューキ=コーノは、ヴィラデルディーチェを最初の標的としていたのである。一戦交えた彼女ではあったが、コーノの『ユニークスキル』の前に力及ばず撤退を選択、寄宿舎寮に居たハーク達と合流した経緯がある。
かつては勇者と称され人間族の切り札とすらも評された『ユニークスキル所持者』に命を狙われるという、テルセウス達と同じく絶体絶命の危機を脱したヴィラデルディーチェではあったが、最初の一戦で宿泊していた部屋ごと宿屋『剣空亭』を自らの魔法で完膚なきまでに破壊してしまっていた。
そこには当然、彼女自身の私物も多数含まれている。
事前に身に着けておくことを怠った鎧など、身に着けていたもの以外全財産のほぼ全て。全てが灰燼に帰した訳である。
使用された魔法の威力は凄まじく、鎧はほぼ消失、残った一部も修理不能、部屋に無造作に置かれていたという数枚ほどの金貨は溶け切ったチョコレートが如き様相で発見され、残りの金貨や宝石を保管していた『魔法袋』は結局発見されなかったが、鎧と同じく消失したというのが大方の予想となっていた。
何らかの要因により『魔法袋』が破壊された場合、作り手であるエルフたちによるとその中身はこの世界上の見知らぬ場所に出現しぶちまけられるという。
大抵は海上に、という事が多くそのまま藻屑と化すらしい。この世界のジテンが関係している、とのことだが、エルフ特有の表現であるためかヒト族には理解の外であった。
何はともあれそれはつまり、ヴィラデルディーチェが超一流の冒険者故の資産家から、宿無しの無一文に転落したことを容赦なく意味している。
あの戦いの後、校庭の戦闘痕の修復を全員で行っていたところ、30分後くらいにラウムがジョゼフの元を訪れそう説明してくれた時には、ガックリ項垂れる彼女を見て流石に誰もが同情したものである。
どうもラウム、というか先王サイドはヴィラデルディーチェと提携、および連携していたようだ。
またぞろあの時の様な超巨大強力なモンスターや他国からの侵入者等に街が襲撃された際の用心棒代わりということである。
住民の安全を最優先に考えるべき為政者としては正しい行為であり、柔軟な先王らしい一手とも言えたが、テルセウスとアルテオの二人にとっては何故か納得しがたいものがあった。
そして当座の資金どころか装備や住む場所すら失った彼女に、見かねたジョゼフが一カ月間、冒険者ギルド寄宿学校の期間限定の講師を住み込み付きで提案したのである。




