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129 第10話18:Honest Eyes③




 腕なのか首なのか判別のつかない両端のスティンガーアサルトトードの顔面を持ったそれが鎌首を持ち上げた。


「撃ってくるぞォオオオ!!」


 何を? と訊く者はいなかった。半分の者は何が撃たれるか分かっていたし、もう半分の者は知らぬでも訊く暇が無かった。


 バシュッバシュッ!!


 果たしてスティンガーアサルトトードの口が開き、それ(・・)が射出された。

 既に虎丸によって命を絶たれたモノが再度動き出すこと自体、ハークにとっては理解しがたいが、そのことは一旦棚に上げて頭の片隅に追いやり、相手の攻撃に意識を全集中させる。

 それでも、攻撃の軌跡を予測出来得たのは、ハークの豊富な戦闘経験を持ってしても尚奇跡的だった。

 何しろ、槍の穂先のような鋭利な舌を射出して攻撃してくるような相手など、ハークにとっても初めての相手であったからだ。


 それでも、何かを口の中から飛ばしてくるであろうことは気付いた。最早それは理屈ではなく、野生の勘に近いものであったろう。


 向かって一番右の首が射出した舌弾の着弾地点は恐らく率先して前に出ているパルガである。彼は元々何度かこの攻撃を受けた経験があるのかどう攻められようと何とか出来るような気配を持っていた。あちらは心配あるまい。

 問題なのはこちら側だ。向かって左の首が狙うのは、他の者よりも少し前に出ていたリードだろう。彼は明らかに対処が遅れていた。


 間に合わない。

 そう判断を下すのと、ハークがリードのすぐ横に身体を滑り込ますかの如く移動するのはほぼ同時だった。

 そして間髪入れずに抜き打ちを放つ。空中で硬質な物同士がぶつかり合い火花が散った。


「うおお!?」


 リードが突然目の前に発生した火花に驚く。


〈ぐっ、硬くて、重い!〉


 何とか弾くことが出来た。だが、かなり押し込まれる。

 体勢を大きく崩され自身ではそれ以上対処出来そうにもない。

 反撃不能。それでも、ハークには頼りになる相棒がいる。


「虎丸!」


「ガウッウウォオオオー!」


 ハークが虎丸の名を呼んだ直後、『斬爪飛翔(ソニッククロー)』が放たれた。主人の命を予測し、事前に準備を完了していたからに他ならない。

 音速を超えた速度で飛翔した斬撃が、先ほどの攻撃の発射元に直撃し、破壊した。元から死んでいる筈の蛙型魔物の首を。


 一方、パルガの方も舌弾の攻撃を何とか凌ぎ切っていた。

 レベルが高いだけあって見事弾いてみせたが、身体の流れ方はハークのそれと同等かそれ以上である。また、彼の方には瞬時に発射元を潰せるような戦力がいなかった。

 再装填されるべく伸び切った舌がしゅるりしゅるりと戻っていく。


「あ、危ねええ! すまねえ、ハーク! 今回も助けられちまったな!」


「気にすることなどない。だが、何だ今のは!? 魔法ではないのか!?」


 弾いた攻撃には確かに実体の感触があった。ならば魔法以外の遠距離攻撃手段を持つ敵なのか。


「ああ、スティンガーアサルトトードは槍のように先の尖った舌先を射出して攻撃してくる珍しい部類の魔物だ! 物陰から音もなく突然攻撃されることもあるから、見つけたら最優先で倒せと言われてる要注意モンスターさ! だが、今のスピードはなんだ!? あそこに一時的にまとめといた残骸はレベル的には20ちょい位までだっただろ!?」


「油断するンじゃあねえリード! 全員、固定観念は今の内に捨てておけ!」


 パルガが叫ぶように言う。派手に身体が流れていた割には武器にも被害は無さそうであった。よく見れば、ハーク達の武器と同じ刀を手にしている。恐らくはシアか主水が打ったものであろう。質実剛健な意匠からして、何となくシアが打ったものに違いない。

 パルガはさらに言葉を続ける。


「スカベンジャー・トゥルーパーは、モンスター専用魔法の死霊術で『死体操作(ネクロマンシー)』を使ってくる敵だ! 操作した他の魔物の死体を武器や鎧のように装備して、自分の身体のように自在に使ってきやがる! だから、元のスティンガーアサルトトードの顔面(ツラ)はレベル20程でもアイツが使えばレベル30並みの攻撃力とスピードになるんだ!」


「はぁ!?」


「何よそれ!? じゃあ何!? 今目の前にいるのはファイアサーペントの頭部にスティンガーアサルトトードの顔面の腕を持ち、更にジャイアントシェルクラブの殻とロックエイプの背面甲殻で身を固めたレベル30のバケモンがいるって事!? 何てインチキ!!」


「残念ながらジーナ、お前の認識通りだよ! さらに厄介な点がある。視ろ! 虎丸殿が破壊した顔だ!」


 パルガが指し示した先、虎丸の『斬爪飛翔(ソニッククロー)』によって最早原型を留めてすらいないほど破壊されたスティンガーアサルトトードなる魔物の顔面が、ズルリと地面へと落下する。

 それと時を同じくして、積まれた魔物の残骸の中からまた新たな遺体、今度はスティンガーアサルトトードの上半身が丸々飛び出してきて同じ個所に赤黒い血と臓物も撒き散らして嵌った。


「えええ~~!?」


「インチキ過ぎるだろうが!? チートかよ!」


 リード達『松葉簪』が不平を口にするのも納得だ。最後の言葉の意味はよく解らなかったが。


〈確かにこの状況、相手にとって有利過ぎる。パルガ殿が『まさかの最悪』と評したのも当然と言えるか〉


「文句言っても始まらねえ、とにかくやるぞお前ら!」


「お、おう!」


「了解!」


「うむ! ただ、仰る通りだが具体的にはどうなさる?」


「……ハーク殿、先程のようにスティンガーアサルトトードの首一つ、任せられるか!?」


「先の程度であれば問題は無い」


「頼もしいぜ。『松葉簪』! 俺も何とかさっきのようにスティンガーアサルトトードの飛び舌を弾いてみせるぜ! その隙に、何でもいい! とにかくあの舌槍を使用不能にしろ! そうすりゃ奴の武器はファイアサーペントの頭部しか無くなる! 新しい武器を調達される前に全員で接近戦を仕掛けるんだ! お前らも先輩として根性見せろよ!」


「応!」「了解~!」「オッケー!」


 パルガの檄に『松葉簪』の面々は思い思いの言葉で応える。


 悪くない指揮、そして良い気合の乗り方だ。

 だが、ハークの心中には一抹の不安が鎌首持ち上げていた。

 それは、虫の知らせの如きもの。数多の戦闘をくぐり抜けてきた歴戦の剣豪たる経験。それが無意識下で警鐘を鳴らしていた。

 そこへ虎丸からの念話が入る。


『ご主人、『鑑定』結果が出たッス。アイツのレベルは31ッス』


『31か……』


 それを聞いて、ハークの不安は増々大きなものになっていく。


『虎丸、お主は万が一に備え、遊撃態勢を取っておいてくれ。あの首一つは儂一人で何とかする』


 虎丸も予想していなかった宣言であったのか、ぐるりと顔をハークの方に向けてくる。


『え!? ご主人、大丈夫ッスか!?』


 虎丸にとって大事なのはハークの無事である。それ以外は、ハークが望むから、に過ぎなかった。それはハークにとっても重々承知の事実であり、だからこそ、伝える。


『心配無い、一度見た技など儂には通用せん。だから頼む』


 その言葉に虎丸は深く頷いた。


『了解ッス!』


 これで後顧の憂い無し。そう確信し、ハークは攻撃への迎撃に全神経を集中する。


「来るぞォ!!」


 パルガが言い放つのと、先程と同じように左右の鎌首が持ち上げられたのはほぼ同時だった。

 そして、舌弾を発射すべく口が開く。だが、今回は向かって右の発射口の動きは追わない。左のみに全神経を傾け、集中し、同時に腰を落とす。


「一刀流抜刀術―――!」


 さあ来い、とばかりに魔力を充填する。

 それ(・・)が発射された次の瞬間、爆発させた。


「奥義っ!!」


 剣線が光と奔る。確かな手ごたえがあった。


「―――『神風』」


 言い終わったと同時に、ぱちりと刀が元の鞘の中に収まる。

 何かがぼとりと地に落ちた。

 まるで槍の穂先の如く尖った魔物の舌先部分。

 刃はそれのみを、ハークの身体に到達する前に斬って落としたのだった。



 パルガの側も問題は無かった。

 宣言通りパルガは2度目の射出攻撃も無傷で凌いでみせた。

 そして、すぐに『松葉簪(マツバカンザシ)』が反応する。


「ケフィ、『空気槌(エアハンマー)』!」


「オーケーイ! 『空気槌(エアハンマー)』ッ!!」


 ジーナの指示のもと、ケフィティアが発動した『空気槌(エアハンマー)』が、しゅるしゅると再装填されるべく戻ろうとする舌弾の邪魔をする。


「行くわよ、リード!」


「応よ! でいっ!」


 そして、動きの止まった舌弾を二人掛かりで攻撃する。

 リードが弾力性のあるそれを地面に突き刺すように縫い留めて動きを止めたところをジーナが3度ほど斬りつけることで両断に成功した。


「よぉし、良くやった! 突っ込むぞお!!」


 掛け声と共に『松葉簪』とパルガ達が突進する。

 だが、問題が無かったのはここまでだった。


 ボォォン!! という爆発の様な轟音と共に、爆炎が放たれたのである。


 それは以前、北の森で遭遇し、いとも簡単にシン達が戦いアルテオが首を叩き落したファイアサーペントの『火炎噴射』とは全くの別物であった。

 レベル14からレベル31。レベル差から考えて2~3倍程度と考えていたが甘かった。

 流石にあの日のヒュージドラゴン、エルザルドが放った地形を激変させる程の『龍魔咆哮(ブレス)』とは比べるべくもないが、間合いを詰めていたパルガ達の視界を炎で埋め尽くすほどの規模であった。


 これはハークも知らぬことであったが、スカベンジャー・トゥルーパーは突撃を敢行されることを予期し、渾身の『火炎放射』を放ったのである。装着したファイアサーペントの頭部が損傷することも厭わずに、である。

 野生のファイアサーペントであれば、絶対に行うことない自らの頭部すらも焼くことになる大噴射。

 だからこそ、パルガは読みを上回られたのである。


 しかし、彼らの悲鳴が上がることは無かった。そこに白き突風が立ちはだかったからである。


「ガゥオオオオオーー!」


 虎丸は回転しながら左前脚を振るう。爆風が巻き起こり、爆炎を押し返す。

 が、それでも―――


「ぎゃうっ!?」


 炎の一部が虎丸の左肩を舐めた。


「虎丸ー!?」


「ぐおっ! 全員、下がれえ!」


 ハークの悲痛な叫びと共に、パルガの新たな指示が飛ぶ。炎に巻かれることには免れたが強烈な熱波の前に後退を余儀なくされていた。

 それと同時に虎丸も戻ってくる。

 その動きに些かの異常も診られないが、左肩の白い毛皮は真っ黒に焦げ煙を上げていた。


『虎丸! 大丈夫か!?』


『平気ッス! こんなんかすり傷ッスよ!』


 気丈にも虎丸はそう言ったが、そんな筈は無いとハークには分かっていた。

 そうでなければあの我慢強い虎丸が悲鳴など上げる訳ないのであるのだから。


「虎丸殿!」


 アルテオが瞬時に『回復薬』を取り出し、虎丸の負傷した左肩に振り掛けてくれた。みるみる虎丸の表情にいつもの平静さが戻り、毛皮も元の色を取り戻していくが、それを視ながらハークの胸中に沸いた怒りは収まらない。


 一つには、判断を誤った自分への怒り。虎丸であればどんな状況であろうとも無事に何もかも成し遂げてくれると勘違いしていたのだ。如何に虎丸といえども、他人の身を庇うには虎丸自身の身を盾にせねばならぬ時がある。そしてそれを望んでしまったのは自分自身であった。そこにやり切れぬ怒りが込み上げる。


 二つには勿論、大事な相棒を傷付けたスカベンジャー・トゥルーパーなる魔物への純粋な怒りだった。


 だからこそ、ハークは背に負う大太刀の紐の結び合わせを解き、そして、チャキリッ、という音と共に鯉口を切り『斬魔刀』を鞘内から解放していく。


「ロン、こいつを頼む」


「は、はいっ」


 己の背丈ほどもある鞘をロンに預けると、刀身を現した『斬魔刀』が焚火の揺らめく光を受けて炎のように煌めいた。


「虎丸!」


「ガウア!」


「シア! シン!」


「あいよっ!」


「応っ!」


「テルセウス! アルテオ!」


「「は、はいっ!」」


 ハークは己の仲間たちを見回すと高らかに言った。


「あの魔物を倒すぞ!!」


 その言葉に1匹と4人の咆哮が続いた。






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