第十七話
「突き進め、城内に我がギュヴィエ家の旗を打ち立てるのだ!!」
バーンズ・ギュヴィエ子爵は、焦燥と憤怒に身を焦がしながら叫び声を上げた。戦況は大きくメイゼナフ家有利に傾いている。小煩い左角のコーナータワーは粉塵を巻き上げて崩壊。更に一部の部隊が城内への突入を始め、支城の陥落はもはや免れない。
「下劣な傭兵団如きが」
問題は、それらを成し遂げたのは、高慢で礼儀知らずのジュスト率いる雇われ兵共、そこまでならばバーンズも理性を保てていたであろう。最後の一線を越えたのは、魔導兵の大規模運用による総攻撃によるものであった。あろう事か攻城を一任されたバーンズに対して事前通告も無し、それも前線に詰めていた麾下の将兵を巻き込み傭兵団は攻撃を強行した。バーンズ達は敵の目を引き付ける生き餌にされたのだ。下劣で粗暴な雇われ兵に虚仮にされては、寛大なバーンズとて許容できるものではない。
「バーンズ様、これ以上は、敵兵が紛れ込む恐れが」
バーンズの馬廻りが恐る恐る申し出て来た。その危険性は理解している。だが今は攻め時であり、今を逃せば傭兵団とメイゼナフ家の一門衆に目立った手柄を根こそぎ強奪される。敵兵を削り取り、障害物を撤去、無力化したのはバーンズだ。誰が横から手柄だけを奪われるのを黙っていられよう。間抜けな道化を演じるつもりなど微塵もなかった。
「危惧はわかっておる。だがな、今動かねば、全て奪われるぞ!! 臆するな、城内に突入しろ」
バーンズとて逆襲に備えて、信頼の置ける血族と予備の部隊は残している。門から打ち出て側面を叩かれようが、持ち堪える自信があった。
「進め、まさか、領主の背後に居座る臆病者はおるまいな!?」
普段であれば取るはずの無い選択を選び、バーンズは直接支城へと乗り込む腹積りであった。魔法銀鉱が齎す富を考えれば、なんとしても手柄を立てなくてはならない。
主人の暴走に周囲の兵士は僅かに顔を見合わせるが、発破を掛けられたばかりであり、追い抜かれれば何を申し付けられるか分からない。
「コーナータワー跡まで前進する。そこで指揮を執るぞ」
城内から更なる爆発も手伝い、バーンズの手勢は一挙に城壁を越えた。バーンズも無謀ではない。周囲には、五十を超える馬廻りが脇を固め、敵兵を排除、戦意の低い雑兵を叱咤して前線を押し上げる。
「ふん、あの魔導兵は討ち果てたか」
断続的に戦場に踊っていた火球は沈黙を貫いていた。城壁の抵抗は皆無であり、荒々しく形成された、道とは到底呼べはしない悪路を経て城内へと辿り着く。朽ち果てたコーナータワーの残骸を一瞥したバーンズの耳は打ち鳴る金属音を捉え、その発信源へと目を凝らす。
「まだ散発的な抵抗が続いているようです」
家臣からの報告を受けたバーンズは、コーナータワーから離れた場所で斬り合う者達を目視した。
「……たかだか兵卒が一騎討ち、騎士の真似事か」
吐き捨てたバーンズだが、その光景から目を離せずにいた。粗末な格好をした巨躯の傭兵、そしてもう一人は流れ者であるハイセルク兵と思しき男であったが、その技量と衝突する《強撃》は凄まじい。効率的に敵を斬り殺すだけに特化した我流の戦闘技術ではあったが、幾つもの実戦を経た末に昇華されたであろう機能美は、称賛に値した。
「如何されますか」
「傭兵とハイセルク兵の戦いなど、どうでもよい。だがハイセルク人が斬り勝ったら、数の差で殺せ」
「承知しました。馬廻りは動かさずに、十人長を差し向けます」
傭兵の中でも斬り込み役が斬り負けた相手をバーンズの手勢が討ち取るというのも悪くない。そして認め難くはあったが、確実に葬り去らなければならない。直感がバーンズに囁いた。
「ハイセルク人が勝ったか」
斬り込み役が敗れ去った傭兵どもは臆したのか、遠巻きに睨み合うばかりであった。バーンズが目配せすると、斬り合いで疲弊したハイセルク人に常備兵達が襲い掛かる。幾ら腕に優れていても、数の差はそう覆せる物では無い。ましてや疲労を重ねた者であれば、更に容易い。
そこで思考を切り替える。たかだか一人の兵士に専念するほどバーンズは狭量でも暇でも無かった。敵方の重臣であるジョッシュ男爵の手勢は未だに顔を見せていない。油断すれば思わぬ痛手を受ける。
崩れるダリマルクス領兵を追い込む為、事前に入手された場内の見取り図を睨み思案する。支城の入り口は正面、左側面、背後の三か所であった。敵が逆襲に転じるのであれば正面は有り得ない。既に正面の城門は押さえている。残るは左側面か背後であったが、此方に一撃を加え離脱するので有れば、左の城門に違いない。背後の城門から出撃すれば、距離と時間がバーンズに味方をする。
「バーンズ様」
戦場の俯瞰に勤めていたバーンズの意識は、現実へと帰還を果たした。
「何だ?」
「傭兵共が怪しい動きを」
家臣が嫌悪感を隠さずに示した場所には、手下に指示を飛ばすジュストの姿があった。それはハイセルク人と手勢である常備兵に対して向けられたものであり、看過出来ない試みであった。
「ジュスト、何をしている!!」
バーンズが叫び声を上げると、ジュストは悪びれもせず、歩み寄ってくる。
「これはこれは、バーンズ子爵様、こんな最前線へ来てらっしゃったのですね。折角の綺麗な防具が汚れてしまいますよ」
「汚らしい口を閉じろ、人を斬るしか能の無い戦狂いが。それよりもお前は、私の兵ごとあいつを葬ろうとしたな」
まるで心当たりの無い言い掛かりに困り果てた市民の様に、ジュストは両腕を広げた。
「そんな、有り得ません。俺は子爵の兵士の手助けになれば、と考えた次第です」
尚も接近を続けるジュストと領主であるバーンズの間に馬廻りが身を割り込ませ威圧する。
「平民とは言え、コーナータワーへの奇襲の為に私の兵を巻き込んだ者が痴れた事を申すな」
語気を強めてバーンズは言い放つ。
「いやはや、アレは不幸な事故でした」
「事故だと、ふざけた事を――」
バーンズの怒りが頂点を迎えた時であった。ジュストの配下の女が魔法を解き放った。投射された魔法は、ハイセルク人に対して兵を差し向けていた場所へ着弾を果たす。明確な宣戦布告であった。
「そんなに死にたいか」
バーンズが指示を下す前に、馬廻りが一斉に武具を構えて、ジュストに斬りかかろうとする。一方の傭兵共も下卑た笑いを浮かべながら、馬回りに向かい合う。
「敵地の真ん中で、じゃれ合う気か? 落ち着いてくれ、バーンズ子爵様が眼前に居るのにそんな愚かなことはしないさ。ちゃんとあの十人長達全員が斬り殺された後に魔法を撃ち込んだ。誰か一人くらい見ていただろう。なんなら死体を検めればいい」
「誰ぞ、見ていたか?」
馬廻りの一人である兵士が恐る恐る申し出た。
「忌まわしくありますが、その者が申す事は真でございます。差し向けた兵達は全員が斬り殺されました」
報告を受けたバーンズは苦々しさに臍を噛んだ。
「信じられんな、疲弊した、それもたかだか傭兵如きにか」
炎が踊り狂う場所を一瞥する。常備兵を殺し尽くした者も今や火に沈んでいた。視点を眼前の傭兵達の頭に戻す。いっそ戦に紛れて殺してやりたいところであったが、盟主であるメイゼナフ伯爵の手勢に組み込まれており、感情のままに手を出せば、背後に控えている一門衆から話が伝わる。そうなればバーンズとて何らかの罰は免れない。
「どちらにしても、城内の制圧とジョッシュが優先だ……貴様、何を見ている?」
あれほどまでバーンズを虚仮にしていたジュストが歯を噛みしめ、炎の中を見つめ続けていた。不審に感じたバーンズが目を凝らす紅蓮の中に、何かが居た。
「まさか、人か」
火属性持ちや各種スキルにより、炎による熱傷を低減させる者は少なくない。それでも地面すら焦がす火の中で、声も漏らさず悠々と立ち尽くす者など異常であった。幾ら耐性があると言っても限度があり、時間の経過と共に皮膚は焼け、全身が熱に侵される。
「ぐっ、ッう!?」
輪郭が炎に惑わされ、見定められない中でもその両眼だけははっきりと捉える事が出来た。眼球は金色の色彩の筈なのに、暗く、酷く濁っていると感じる。あろうことか、その眼は嘗め回す様にバーンズとジュストを見据えていた。
「あの魔導兵、生きてやがったな」
飄々とした笑みを張り付けていたジュストの顔が歪む。バーンズとて似たような顔をしているだろう。一次、二次攻撃で魔法を投射し続け、その後の白兵戦でも十数人を斬り殺し、火の中で悠然と生き長らえている。人の身でありながら、英雄、英傑、あるいは怪物と呼ばれる類は確かに存在する。認め難くはあったが、目の前の存在はそれらに準じる者であるのは疑いようがなかった。
「子爵様、あれは殺した方がよさそうです。なぁに、お手伝いさせて貰いますよ。ただ、死体は頂きますので」
魔力に優れた魔導兵は、死霊魔術師、触媒、薬品に成りえる。その死体には金貨が詰まっていると言っても過言ではない。尤も、死体を切り売りするのは、下賤な者達の仕事であり、子爵であるバーンズは僅かな興味も無かった。それでも初めてジュストと意見が一致したバーンズは命令する。
「死体はくれてやる。奴を今すぐ、確実に殺せ」
周囲に異議を唱える者など存在していなかった。




