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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第十五話

 血潮に誘われ、蹂躙に酔いしれた将兵が肉食魚の如く押し寄せていた。遠巻きに様子を窺っていた兵士達が、人数を揃えウォルムへと挑み掛かる。それらに穂先を突き入れ、迎え撃つ。真正面の兵士は攻め掛かる姿勢を見せていたが、何処か浮つき腰が入っていない。見え透いた陽動であった。


「行ったぞ!!」


 姿勢を急速に傾け、左に回り込もうとする兵士へと飛び掛かる。瞬く時も無く間合いが詰まり、反射的に振り下ろされた槌矛がウォルムの頭部目掛けて迫る。


 鈍器は風切り音を伴い、ウォルムの側頭部を掠めるが、肉にも鉄にも食い付く事もなく空を叩く。隙の生じたメイゼナフ兵は上半身をラウンドシールドで覆い隠す。一見すると強固な防御手段にも感じられるが、一定の技量を持つ者からしたら、自ら死角を作り出す防御方法は欠陥を抱えた構えであった。


 死角から斧槍を股下に差し込んだウォルムは力の限り斧槍を引き戻す。鉤爪付きの側刃が衣服ごと膝裏の靭帯をむしり取る。


「う、ぐぅぎぃやぁああ!!」


 泡立った唾液と共に絶叫を吐き出した兵士は、地面へと崩れ落ちる。仲間が演じた失態の穴埋めに正面と右側面から兵が詰めてくる。


 正面から飛び込んでくる兵の間合いに合わせ、ウォルムは斧槍を突き入れた。槍先が交差するが枝刃で弾き飛ばし、ウォルムの頭上を槍が抜けていく。対して突き出した斧槍が敵兵の首元を抉り取る。


 喉元にはぽっかりと穴が開き、瞬間的に血が噴き出した。苦し紛れに喉元を押える兵士から視線を外し、右から迫る脅威に対応する。残る兵の操る戦斧が鋭い縦の軌道で迫りつつあった。


 兜や鎧も食い破る威力こそ保持しているが、縦の大振りは軌道が読まれやすく、不意を突かなければそうそう当たるものではなかった。


 ウォルムは片足を引きながら敵兵に対して半身で構え、斧を両眼で見据える。上半身を捻じ曲げながら身体を畳むと刃先がウォルムの頬を掠め通り抜けた。


「なっ、あっ!?」


 憤怒の形相から一転、怯えを見せた兵士が体勢を整えようとする。既に何もかも遅い。槍先が脇から入り込むと心臓まで到達を果たす。動脈を無秩序に蹂躙した槍先は瞬時に命を摘み取る。


 靭帯を喪失しながらも、片足で挑みかかろうとする兵士の頭部を枝刃の斧頭でかち割る。こびり着いた血糊を払ったウォルムは、友人を抱えて後退していた筈のカリムの悲鳴を捉えた。


「なんだ、あいつは!?」


 悲鳴に反応したウォルムの両眼は信じ難い者を捉えた。


「よちよち、何処に行くんだ!? 子兎ちゃん達、俺とあそぼうぜぇえええ」


 無粋にも逃げる少年を追おうとする傭兵が居た。巨体からは想像も出来ぬ身軽さ、巨躯に見合う以上の膂力を持ち、抵抗を試みたダリマルクス兵を文字通り叩き潰しながら二人へと迫る。全身返り血を浴びていない場所を探す方が難しい。


「うわぁああ、来るなぁ、来るなぁああ!!」


「くぅ、う、かわイイ、鳴き声だなぁああ、唆る、ふぅうう」


 何より度し難いのは、下腹部付近に存在するソレが戦場に似つかぬほど膨張していた。最高に趣味が悪い奴だった。きっと生まれ変わったとしてもウォルムとは親しくはなれないだろう。


「変態がッ、何処の世にも居やがる」


 風属性魔法による加速を受けたウォルムは、背後から《強撃》を叩き込む。見た目や言動も近付き難く巫山戯た相手ではあったが、その脅威は周囲の兵など比較にもならない。


 斧槍が頭蓋を切り破る筈であった。巨軀の男は、寸前で首だけ千切れんばかりに後方へと曲げる。踏み込んでいた片足を主軸にその場で回転した男は、ツーハンドソードを振り下ろされる斧槍にぶつけると、鉾先を逸らす。


「だぁれ、だァああアああ!?」


 恵まれた肉体だけでは無く、それを制御する感覚、振り回されない剣技を有していた。嗚呼、実に素晴らしい。天は平等であった。ウォルムが僅かな時間接しただけでも頭が緩んでいると分かる男は、万人が欲する物を有していた。


「悪趣味筋肉ダルマが、地面にでも腰を振ってろ」


「つぅううぜぇえ、邪魔するなぁああ!!」


 《強撃》同士の衝突は、瞬間的に眩い光を帯びる。膂力任せの剣技ではない。人並外れた腕力に裏付けられた剣筋であり、多少の小細工などこじ開けてくる厄介な相手だった。


「脳筋に見えて、小技が利くタイプか」


 初撃で葬り去るべき相手であり、ウォルムは己の失策を呪う。数度突きを繰り出し反応を窺うが、同じ捌き方をしない。


「う、ざい、ウザイ、うざぁああい、テメェみたいのは、はぁあ、ヤりがいがない」


 突き入れた穂先が剣の腹で弾かれ、引き戻しの際に手首を狙った枝刃の鉤爪も刀身の根元で弾かれる。ウォルムは手の平で柄を滑らせ、握り位置を変えた。そうして懐に迫ろうとする男を拒絶する様に、袈裟斬りを放つ。


 力押しを好むこの男も振り下ろしの斧槍の一撃に対し、突進を取りやめて左側に回り込んでくる。


「その見た目で小技を駆使しやがって」


 頭部へのフェイントを入り混ぜ、足元を刈り取ろうとするが、軽快なステップと剣捌きによりウォルムの攻め手は全て防がれた。重量物であるツーハンドソードを小枝の如く扱い、隙を見せれば重厚な一撃が繰り出される。


「あ、ああ、ァア、死なねぇぇえ、早く死ねェエ」


 一見すれば無造作にも感じる足取りで、踏み込んでくる。不本意ながらウォルムもそれに応えた。時間を掛ける訳にはいかない。たかだか一兵士同士の一騎討ちだ。取り囲まれれば横槍がウォルムの臓腑を貪る。


 渾身の力で繰り出した斧槍は喉元を目掛けて一直線に伸びる。男は鍔により軌道を捻じ曲げようと試みる。瞬間的な鍔迫り合いは、ウォルムへと傾いた。


 押し除けた斧槍が男の喉元に吸い込まれていく。側刃が皮膚を切り裂き、流血を誘う。ウォルムは小さく罵声を放った。


「くそっ」


 男が上半身を傾け、首を曲げ畳んだ事により頸動脈や脊椎の破損を免れていた。小さく掲げられたツーハンドソードが振り下ろされる。


「あっはぁ!! ああ、くたばれぇええッ!!」


 既に回避は間に合わない。ウォルムは前進を選んだ。首元に迫る刃の根本を手甲で受け止める。表層が削り取れ、魔力膜が激しく剥がれ落ちていく。尺骨が軋み抗議するが、折れはしなかった。


 歯を食い縛り、興奮により頬を朱で染めたウォルムは男の胸に飛び込む。男もまるで最愛の恋人を出迎える形でそれに応えた。


「この野郎っうう、抱き殺して、やるよぉおお!!」


「ああ!? てめぇの粗末な物でやってみろ!!」


 互いに武器を投げ捨てたウォルムと男は互いの肩や腰に手を回す。単純な膂力では分が悪い。前のめりになった男に合わせてウォルムは一歩下がり、足を絡めた。姿勢が崩れ二人は仲良く大地に転がる。


 密着した事によりウォルムは男の熱い吐息を感じる。背中に悪寒が走った。開いた顎門がウォルムの首元を食い千切ろうとしたからだ。ウォルムは頭を引くと反動を付けて振る。防具であるサーベリアによる頭突きは、男の顔面に手痛い痕を残すには十分だった。鼻が潰れ、血が滴り、前歯が欠ける。


「は、醜面がイイ顔になったな!!」


「ふうう、うぅゔ、グチャグチャにじてやる」


 絡み合った身体は容易には引き剥がせない。巻き付いた腕が徐々に限界を迎える。このまま律儀に力比べなど続ける気などウォルムにはない。暗い笑みを浮かべ投げ掛けた。


「熱いのは嫌いか?」


 ウォルムは魔力を練り上げると男も異変を察知したが、既に遅過ぎる。


「黙れぇええ、あ、あぁ!? ぁああっ、ぎぃ、がああああああ!!」


 男の脇の下から肩甲骨に手を回し、喉に触れていた片手から火属性魔法を体現させる。二人の全身を火が包んでいく。火属性魔法と耐火性を持つウォルムと異なり、男の皮脂が弾け血液が沸騰、肉が焼け焦げていく。


 火から逃れようとするが、複雑に絡み合った四肢はそう簡単には外れない。常人であれば喉を焼かれれば直ぐに死に至るが、豊富な魔力による魔力膜の所為で男は直ぐには逝けなかった。


「あぁ、が、ギぃぁああ、ぁ——」


 声帯も焦げ付き、遂には口腔から蒼炎が吹き出る。首を焼き切ったウォルムは静かに立ち上がった。


 悪目立ちし過ぎていた。既に周囲の殆どは敵兵しかいない。男の首を後続の傭兵に投げ付ける。強者の余裕を見せていた傭兵達が足を止める。


「おい、おい、ディゴールさんやられたぞ」


「うげぇ、こんがり焼かれてんなぁ」


「あいつ、少年に目がない奴だったからな。いつかああなるとは思った」


「それより“アレ”どうするんだ。殺し合うには、割りに合わねぇぞ」


 どこか他人事の様に傭兵達が言った。傭兵も常備兵も、総崩れを起こす子爵の雑兵からウォルムへと注意を向ける。ウォルムは戦場という劇場に引き込まれ、その中心で踊り狂おうとしている。それはどちらか踊り死ぬまで終わらない舞台の開演を意味していた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ちょくちょく火魔法で蒼炎でてるんだけど誰も疑問に思わない感じなのが気になる
[一言] たかだか千程度の人間なら魔物の大侵攻を乗り越えた主人公なら一人で殺せそう
[一言] 人を助ける場面ではあんなに苦戦して血を止めるのがやっとだったのに 人を殺す時はサクっと結果を出してしまうんだよな… でも血みどろが似合うんだよな…
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