第十二話
迷宮都市を拠点とする傭兵団の団長ジュストは遠巻きに戦場を窺っていた。
「子爵ちゃんも頑張ってるが、まあ、無理だろうなぁ」
コーナータワーで雑兵に死を賜っている火球は驚く事に単独の魔導兵によるものだった。威力もさることながら、二次攻撃でも魔力が枯渇していない。コーナータワーを集中砲火と斬り込みで、一挙に切り崩すプランも検討したが、魔導兵が生き残っていた場合、団員の被害が大きすぎる。
「有名どころは、あらかたこっち側なんだけどな。何処の奇特な奴だ」
ジュストは労力に見合わない仕事が嫌いであった。それに強敵と殺し合うよりも弱者を蹂躙する方が好みだ。有害な魔導兵が右のコーナータワーで阻止火力を発揮する影響で、余剰となった魔導兵が他の城壁で猛威を奮っている。余計な仕事を増やされたジュストはコーナータワーを守る魔導兵を捕らえられれば八つ当たりする事を決意する。
「団長ぉ、早く殺しに行きましょうよ」
血の気の多い団員が待機に耐えられなくなり、不満を呟く。
「分かった。分かった。そろそろ仕掛けるぞ」
「漸くですか、団長」
「うるせぇな。黙って話を聞け、左のコーナータワーを潰す。雑兵共を殺すのに奴らは忙しい。射程内に入ったら一気に畳み掛ける。リュッカはお前のタイミングで手下共とぶっ放せ、ロウバン、お前は足場だ。合わせろよ。ディゴールは詰めたら手当たり次第に殺せ」
ジュストに名前を呼ばれた部下達は返事を返していくが、ディゴールだけは待ったを掛けた。
「右のコーナータワーを攻めねぇのかよ」
「あぁ? 右の魔導兵が怠い。何か左に支障があるのか」
ディゴールは剣により裂けた唇を歪ませ言う。醜面がより一層に際立つ。
「右にな。好みの奴らがいたんだよ。あいつらが欲しい」
ディゴールの趣味は団員には知れ渡っている。男色、それも毛も生え揃わない餓鬼が好みの筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だった。
ジュストも嬲り殺すのが好きであり、麾下の団員も程々に狂った奴が多いが、ディゴールほど趣味が悪い奴も珍しい。その辺の団員であれば一月は固形物を食べれぬ程半殺しにするが、ディゴールは斬り込み役としては最適であった。
《強撃》と《金剛》を使いこなし、何より槍衾にさえ飛び込む頭の緩さ具合をジュストは気にいっている。迷宮都市での裏ギルドの抗争に於いても、頭役の兄弟が重用していた。
「はぁ。前回の餓鬼はどうした」
「もう使い潰して売っちまったよ。なぁ、右から攻めようぜ」
「駄目だ。欲しけりゃ、左を突破してそのまま右まで回り込め」
「あ、あー? ……あぁ、まあ、それでもいいか」
足りない頭で納得した馬鹿の相手はうんざりであった。
「オディロン伯爵の一門衆にも伝えとけ。俺達の後から入り込む筈だ。連絡しねぇとうるせぇからな」
「ばーなんとかって子爵はどうするの」
気を利かせたリュッカがジュストに尋ねる。団員には珍しく殺し始める前までは頭が回る女だ。
「あの子爵は……まあ、伝えなくていいだろ」
あくまでジュストの雇主はメイゼナフ家であり、それ以外の人間に気を使う気も従う気もなかった。
「おし、前線に詰めるぞ。伯爵からは砦の人間は好きにしていいと言われてる。存分に殺し、犯せ」
ジュストの言葉に団員達は凶相を浮かべて歓喜した。
◆
支城の守将を任せられたジョッシュは確かな手応えを感じていた。数倍の数に攻め立てられて尚、城壁を越える兵士はおらずバーンズ子爵の兵を痛打し続けている。
自身の領地から引き連れてきた馬廻りも殆ど損耗しておらず来たる逆襲に備えて、砦内で牙を研ぎ続けている。ジョッシュ最大の誤算と言えば、雇い入れられた魔導兵だった。最高位の報酬を示す銀板を与えられているとは言え、過大な期待など寄せていなかった。
「ハイセルク人にしておくには、惜しい奴だ」
今も城外では火炎が踊り、風に乗りメイゼナフ領兵の断末魔が届く。この一年間でハイセルク人と接する機会があった。確かに子爵の言う通り、かの魔導兵を始めとするハイセルク兵は精強であった。ジョッシュも渋々ながらそれは認める。
だが、何かと影響力を増すハイセルク軍閥にはジョッシュは疎ましさを覚えていた。新参者にも関わらずエドガー子爵は彼らを重用しており、それまでダリマルクス家を支えてきた者達は軽んじられていると憤っている。
魔法銀鉱に関しても、情報を齎らしたのは彼らであったが、そもそも発見は時間の問題であり、資金難と纏まった金掘衆を有さないハイセルクではそもそも限定的な採掘しかできなかった筈だ。それが採掘量の半数の権利を得ようとしている。
反ハイセルクという派閥とも呼ぶべき彼らは、本来であれば譲渡したとしても七対三が正しいレートだと声高々に叫んでいた。ジョッシュとしても六対四が軋轢を生まない割合であったと今でも信じている。
対等では本国を失った軍閥に譲歩し過ぎており、エドガー子爵が弱腰と取られる上に、ハイセルクが礼儀も知らない強欲者と映る。政治感覚に鈍く落とし所を探るのが下手な国民性。それがハイセルク人に対するジョッシュの感想であった。
それとも数百年単位で殺し合いを続ける北部諸国の環境が彼らを変えたか、そこまで考えを巡らせたところでジョッシュは思考を放棄した。戦場で考えるには適さない。想定よりも勝ち過ぎた事で、浮ついているのかも知れないと自身を戒める。
「ジョッシュ様どちらへ」
馬廻りの兵が席を立つ、ジョッシュに尋ねた。
「少し物見櫓に登る。目と鼻の先だ。供は要らんぞ」
支城の中心には周囲を見渡す物見櫓が普請されていた。ジョッシュが鉱山立ち上げの為に集積地に選んだのが、この支城の始まりであった。
最初は数棟の倉庫兼の居住区、魔物除けの馬防柵という農村にすら劣りかねない貧弱な守りであった。それを土台から拡張、今では木と土が主体とは言え、四方を城壁で囲み、コーナータワーまで有している。
相手がメイゼナフ家でなければ、数ヶ月とて維持は出来たであろう。惜しむべきは時間であった。ダリマルクス家は魔法銀鉱が齎す多大な富と呪いを知らない訳ではない。
機密維持にジョッシュを始めとする少数の人間により下準備を済ませ、一挙に人夫を集めて鉱山運用を突き進めた。あと数ヶ月も有れば支城の城壁は更に拡張され石造りとなっていただろう。
だがそれは訪れる事のない未来であった。空堀や障害物は潰され、城壁に敵兵が張り付き始めている。ここからは白兵戦により兵の消耗が増していく。それと同時に敵兵を削り取る最大の機会でもあった。限界が来るまで篭城を続けるか、隙を見て逆襲に転じるか、全てジョッシュの判断で決まる。
一人で歩き、思考を纏めていたジョッシュは物見櫓へと辿り着く。軋む梯子を登っていくとそれまで見えなかった戦場の全容が見えてくる。
「交代には早いだろう。どうし――」
梯子を登り切ると、見張りについていた兵士が振り返った。交代に訪れた同僚と勘違いをしているのは間違いない。ジョッシュを視認した兵士は、口を閉じるのも忘れていたが、直ぐに正気を取り戻し跪く。
「も、申し訳ありません。失礼を」
「よせ、戦場で俺に対しその様な真似は不要だ。そのまま任務を続けろ」
恐る恐る立ち上がった兵士は与えられた仕事を再開する。
ジョッシュも目を凝らし遠方を睨む。両軍の本隊の陣形は変わらず動きはない。続いて眼下の手勢に目を向ける。雑兵ばかりであったが、一度目の戦闘により自信を付けた様であり動きから硬さは取れていた。とは言え、疲労により動きから精彩さを失う者も出る時間であり油断は禁物である。
目下の脅威は攻城塔であった。魔導兵を警戒して魔法の間合い外から攻撃を続けている。有効な攻撃手段がない為、破壊する事もできない。弓兵が矢を撃ち返してはいるが、火矢も対策が施されており、どうにも効果が薄かった。将兵には酷ではあるが、現状は耐えるしかない。
「邪魔をしたな」
戦況を見届けたジョッシュは背を向け、梯子に手を掛けた時であった。砦全体を揺るがす程の衝撃が走り、爆風と暴風が吹き荒れた。
「何事だ!?」
振り返ったジョッシュであったが、舞い上がった土埃により視界が砂塵に遭遇した様に不鮮明となった。破砕音と鈍い衝撃が断続的に続く。ジョッシュはそれらの正体を掴んだ。
「ぐっ、ぅ、魔法の集中運用か」
「あぁ、コーナータワーが」
物見役の兵が声を漏らす。視線の先には原型を失い半壊したコーナータワーが痛々しく存在していた。左右の城壁も損傷が激しく、守備についていた兵員も数割以上が死傷している。
「イカれた奴らめ、友兵諸共か!!」
忌むべきは友軍である筈の雑兵すら巻き込んだ攻撃であった。間髪容れずに地面が淡い光を放ち隆起すると周囲の地面を吸い上げ、空堀が埋め立てられ、粗悪ながらも一本の道が形成されていく。
「土属性魔法!? 不味いッ、今すぐ予備隊を投入しろ!! 乗り込まれるぞ」
ジョッシュは力の限り叫ぶ。控えていた兵が城壁の綻びに集まり始めたが、既に城壁を乗り越えた一団が獲物に血を吸い込ませている。
「傭兵団め」
オディロン伯爵が決戦戦力の一つである傭兵団を投入してきた事を悟った。確かに戦狂いの奴らにとって雑兵など仲間では無く、消耗して良い肉盾程度であり、奇襲性を優先して巻き添えなど構わず魔法を放ったに違いない。
梯子の両脇を掴んだジョッシュは足も沿わせながら一挙に地面へと降り立つ。誤る事の出来ない選択が迫ろうとしていた。




