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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第六話

 都市コペツクを始めとするダリマルクス領の住人には月に一度、集団での軍事訓練に参加する義務があり、集団運用はウォルムが想定していたよりも高い水準を保っていた。


「思ったより、まともだな」


 太鼓と指揮官の掛け声で100人規模の集団が前進すると、方向転換を済ませ一斉に槍を突き下ろす。形の上では戦闘単位として数えられるだろう。


 召集されたばかりで戦知らずの雑兵にしては上出来だ。何せウォルムの初戦など吐瀉物に塗れ、酸味と苦い思い出ばかりだ。初めて敵兵を突き殺した時など何も覚えていない。ただ我に返った時に、槍を通して臓腑を捻じ切る忘れ難い感覚が残り、結果的に敵兵は死んでいた。


「投射準備ィいい」


 傍観していたウォルムに仕事の掛け声が下った。ウォルムは魔力を練り上げ、手の平に魔力を集中させ、火球を体現させる。


「絶対に当てるなよ」


 別の常備兵がウォルムに圧を掛ける。


「当てませんよ」


「投射開始!!」


 指揮官の言葉を受け、火球を小集団の横に着弾させる。勿論当てるつもりなどない。そんな事すれば怒り狂った友兵に嬲り殺しにされるだろう。


 お遊戯会の練習を告げる花火を上げた事により、戦闘処女共はウォルムへと目線が釘付けとなる。雑兵の魔法に対する恐怖心を薄める為に、前進中の集団に対して花火を打ち上げて接待しろとのお達しだった。


 鼓膜を叩く爆風、皮膚に押し寄せる熱風が雑兵の集中力を奪う。失禁するものは流石にいなかったが、足並みや槍先が乱れたことで、随伴する常備兵により激しい叱咤と拳が飛んでくる。


 魔導兵として歩兵とは分離して運用される都合上、あのお遊戯会に参加せずに済み、ウォルムは心底安堵する。まるでアミューズメントパークだ。差し詰め、ウォルムは客を歓迎するキャストと言ったところか。


 蒼炎に気を取られ、幼い、少年と言っても過言では無い兵士が躓いた。常備兵は胸ぐらを掴んで起き上がらせると、左右に大きく叩いた。


「戦場で転倒すれば待っているのは、圧死だ。何百という足底で全身を踏み砕かれて死にたいのか!? お前がしくじれば周りも死ぬんだぞ!! 死ぬなら一人で死ね!! 集中しろ!!」


「も、申し訳ありません!!」


 顔を腫らした少年兵が声を張り上げ隊列に戻る。ウォルムはもう一度、少年兵に最も近い場所へと火球を打ち込む。


 地面が掘り返され、ばらばらと土が天から降り注ぎ熱風が集団を煽ぐ。少年兵は転倒する事なく歯を食い縛り耐えた。寧ろ、二度も至近で着弾する事はないと気を抜いていた他の雑兵が将棋倒しとなる。


「まるでボウリングだな」


 常備兵が脳の血管が裂けんばかりに、怒りを撒き散らす。お気の毒にとウォルムは呟く。メイゼナフ家との戦いの前に憤死しそうであった。


 常備兵も必死だ。集めた雑兵が崩れればそれだけ彼ら自身の命が危うくなる。突貫で訓練が続く雑兵を哀れだとは思わなかった。


 演習であれば失敗しても死ぬほど扱かれるだけで済むが、戦場でミスを犯せば死に直結する。羊の群れに爪や角を付けようと必死になる常備兵に敬意を表し、手加減無く火球を撃ち込み続けた。



 ◆



 クーウェンは農家の四男として生を受け、15年の歳月が経とうとしていた。


 実家は典型的な農夫であり、一家の胃袋を満たし、税を納めれば余分な金など残らない。服や靴は兄達のお下がりが与えられるが、当然農作業に従事し経年劣化したそれらは、繰り返される補修によりボロ切れに近いものとなっていた。


 愚痴の様になったが、育てて貰った両親や面倒を見てくれた兄達には感謝している。それでもだ。クーウェンは現状に満足できなかった。


 このまま時が経てば、両親の土地は長男と次男に相続される。当然の慣わしだ。そこにクーウェンも文句を挟むつもりは無かった。


 三男以下のクーウェンに残された道は少ない。一つは、小間使いの様に実家に居座る。兄達も一生未婚では終わらない。嫁を貰い子供が出来れば、クーウェンの肩身はますます狭くなる。


 もう一つは、魔領を切り開き、人の住む領域に変える開拓団に参加する選択だ。はっきり言って苦行の道だ。散発的に現れる魔物との生存競争を生き抜き、樹々を倒し、根を掘り除き、雑草や小石を取り除く作業が延々と続く。


 そこまでやったとしてもまだ成功ではない。上手く作物が育つ土地かの保証もなく、低級とは言え、冒険者や常備兵を常駐させる費用、更に開拓時の資金は領主様からの借金であり、返済しなければならない。


 強力な魔物に、開拓団が壊滅させられる事もある。三男の兄から苦労を繰り返し聞かされている。悩むクーウェンに光明が差したのは、ダリマルクス家とメイゼナフ家との戦争であった。


 戦だ。当然、命を掛けなくてはいけない。それでも現状を打破するにはこれしかなかった。村で似た境遇の連中とクーウェンは徴兵に応じた。約束手形代わりの銅板を与えられたクーウェンは、既に雑兵の一員であり、農民という言い訳は効かない。


 戦前の演習は唐突に開始される。クーウェンは幸運にも同村の友人であるカリムと列を共にする。村では普段から寝癖も直さないずぼらさに加え、マイペースな奴だった。


 クーウェンは足取りを合わせる。農作業に従事してきた経験で腕力には自信があったが、槍を保持する腕は悲鳴を上げる。それでもやってやれない事はない。


「どうにかなるもんだな」


 クーウェンは得意げに言った。栗毛の友人も同意する。


「そうだね」


 その後も方向転換をどうにかこなし、掛け声と共に、一斉に槍を叩き下ろす。槍が空を切り、風切音が耳に残る。圧巻であった。村単位の十数人で槍を振る訓練はした事があったが、それが百人単位ともなれば、なんとも心強い。


 クーウェンは自身の存在が強大になった気分であった。上機嫌で足を踏み出そうとするが、突如地面が爆ぜた。轟音が鼓膜を揺すり熱風が肌を刺激する。


 何が起きたか理解が回らなかった。先導する常備兵が声を張り上げる。


「集中しろ、列を乱すなッ」


 天高く上がる火柱ですら、演習の一環だとクーウェンは遅巻きながら悟った。ここまでするのか、集中していた思考が散漫になり余計な事ばかり思い浮かべる。


 踏み出そうとした足が矮小な窪みに引っ掛かり、クーウェンの視界は反転した。転倒したと分かった時、カリムが珍しく早口で言った。


「クーウェン、立って」


 心臓が早鐘の様に鼓動する。混乱する脳内を落ち着かせて訓練用の槍を拾い上げる。完全に起き上がる前に集団の隙間から抜け出した教導役の常備兵がクーウェンの胸ぐらを掴んだ。


「貴様、何をしてる」


 痛みが走り、両頬を叩かれた事に気付く。混乱の坩堝から帰還を果たせないクーウェンだが、凶相を浮かべた常備兵が鼓膜を破いてやると言わんばかりに叫ぶ。


「戦場で転倒すれば待っているのは、圧死だ。何百という足底で全身を踏み砕かれて死にたいのか!? お前がしくじれば周りも死ぬんだぞ!! 死ぬなら一人で死ね!! 集中しろ!!」


「も、申し訳ありません!!」


 高揚していた周囲の雰囲気までもが、冷え切っていた。


「大丈夫?」


 友人の心配にクーウェンは歯を食い縛り決意を示す。


「もう失敗しない」


 頭上からは爆発で抉られ、上空に舞い上げられた土が降り注ぐ。慢心していた訳ではない。それでも何処か演習と甘く見ていたのかもしれない。


 熱気が肌にまで感じる。歩行に集中を戻したクーウェンに再び、衝撃が襲う。一度目と同じ火球であり先程よりも至近であった。


 今度は単独では済まず、4、5人の仲間が連なって転倒する。怒り狂った常備兵は飛ぶ様に駆けつけると、鉄拳を繰り出していく。


 蒼炎を撒き散らした魔導兵にクーウェンは目を向ける。使い込まれた鎧は、群島諸国のものでは無い。傭兵か、最近何かと話題に上がる旧ハイセルク兵だとクーウェンは睨んだ。


 距離があると言うのに、クーウェンはその魔導兵と視線があった。金色の目だと言うのに、不思議と暗く濁って感じる。


 背筋に寒い物を感じ、クーウェンはその男から視線を外した。男は次々に火球を放ち、集団の周囲に着弾させ続ける。楽観的な雰囲気は消し飛んでいた。


 それから数人がミスを犯し、その度に常備兵の拳が唸りを上げ、顔を腫らす者が増えていく。そうして緊張感を保ったまま演習は終了した。自由を得た四肢を地面に投げ出し、犬の様に水を求めて口を開ける。


 訓練ですらこの体たらくなのだ。本番となったらどうなってしまうのか、今更薄ら寒い物を感じたクーウェンは身を震わせる。


「頑張ろうね」


 呑気な友人は普段と変わらず言った。カリムには弱気を見せられないと、腹に力を込め返事を返した。


「おう」

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまでの傾向からすると、この子たちの少なくとも一方は死んでしまいそう……と思ったら、もう言ってる人がいたw 逆にアヤネあたりは数多の悲しみを見てきたような目の老婆になりそう。
[良い点] 戦闘描写が上手すぎてのめり込んでしまう。評価したいのに上手く言葉が紡げない。流行り廃りに飲まれずにこのまま最後まで突き進んで欲しい。とても面白いです。
[良い点] クーウェンとカイムの2人に、思わずバリトとノールの姿を重ね合わせてしまいました。 できればこの子達には生き残って欲しいものです。
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