第二十六話
「ぶっ壊して!! 積み重ねろ。どうせ持ってはいけねぇ」
ウォルムは背中に担いでいた土袋を地面にぶち撒けた。
分隊長が解体をしているのは、鉱石を運び出す為の荷押し車だった。他にも坑道の補修材、鉱夫向けの建物が解体され、道に積み重ねられて行く。
別の分隊員達は、ツルハシで地面を掘り返し、そこに鉱石用に引かれた用水路から水を流し込み、汚泥を形成させる。
繰り返される連戦と破壊工作により、排出物と流れ出る汗と土埃が入り混じってウォルムを含む兵士達は酷く薄汚れていた。
「柱は寝かせるな、半分埋めて立たせろ。それだけで障害物になる」
ウォルムの分隊は、二日前までは廃材と資機材により、仮設の防御陣地の堅持を続けていたが、数倍以上の兵力差で猛攻が続けられ、遂に限界を迎えた。
慌ただしく後退を繰り返しながらも、山道沿いの道を人工的に崩し、大隊は最後の時間稼ぎに徹しようとしていた。
それでも土属性魔法を有する工兵隊を抱えているであろうリベリトア商業連邦軍は、短期間で交通路を修繕し、再進撃を試みる筈だ。
負傷者と物資は優先的に後方の集合地点に集められている。片側を強力な魔領に覆われた旧マイヤード領国境地帯は、ボトルネックとしての機能を果たし、防衛地帯としては、有用に働く。
ウォルムは悪態は吐くことがあっても作業の手は止めない。積み重ねる障害物、土の一塊ですら数千の敵兵の足を遅らせ、自分達の命を救うことを知っているからだ。
「作業中止っ、作業を中止だ。リベリトア兵が来るぞ!! 我らも撤退だ」
コズル小隊長が数人の部下と共に、周囲に撤退を告げる。待っていたとばかりに作業を切り上げ、兵士は自身の荷物を背負うと分隊ごとに撤退していく。
ウォルムは後退する人々の中に、殿を務めていた他の小隊の人間も確認した。
「おい、他の連中はどうした?」
ウォルムがその中の一人に声を掛けると、叫ぶ様に答える。
「吹き飛んだよ。奴らマジックユーザーを集中投入してきやがった。まだ道は直ってないが、半刻もすればここに雪崩れ込んでくるぞ。さっさと逃げるんだな」
言い終わるなり、兵士は小走りで鉱山を降っていく。
「ほら、急げ。俺らもモタモタしてると、尻を刺されそうだ」
鎧を着込みながらホゼが呼び掛ける。土木作業に従事するに当たって防具や武具などは動きを制限し、無駄に体力を浪費させる。今のウォルムは農民時代とそう変わらない格好であった。
地面に転がしていた膝当てを装着、下半身から順番に身につけていく。サーベリアを被り、背嚢を背負ったところで、新人二人を除き、準備が完了していた。
10秒程遅れて分隊に集合したノールとバリトを目視したデュエイ分隊長は周囲を見渡し言う。
「迷子になる間抜けはいねぇな? 忌々しい鉱山ともオサラバだ。行くぞ」
異議を答える者など居なかった。分隊長の掛け声に応えて、分隊は一斉に鉱山を後にする。
◆
ハイセルク帝国軍の槍先として、鋭鋒を支え続けたジェイフ騎兵隊は、その機動力と衝撃力を遺憾無く活かしていた。
敵の突出部を叩き、側面を叩き続け、貴重な時間を稼いでいたが、損害も無視出来ないものとなっていた。
騎兵隊を指揮するジェイフは、麾下の騎兵を小隊単位で分散させ、遅延とハラスメント攻撃に徹し、小隊に釣り出された敵を再集結させた中隊規模の兵力を以って、数の劣勢を覆していた。
それが今日に限っては、失敗しようとしていた。数で言えば、クレイスト・フェリウスが失った兵力の方が多い。
問題はジェイフが指揮する騎兵が強兵揃いとされるハイセルク帝国軍でも、並ぶ者無しとされる練度を誇る貴重な精鋭が二個小隊失われつつある事だ。
「……アレが当代の異界からの訪問者達か」
クレイストは異界からの来訪者や漂流物が多い事で知られている。ジェイフも来訪者の噂は情報を得ていたが、はっきり言えば噂以上であった。
数百m離れた場所では、見るも眩しい光の奔流が起こり、地面ごと人馬を吹き飛ばした。輝かしいその光景は、遠方から見れば美しいだろうが、至近では地獄が形成されている。
土埃と血飛沫が収まる前に、火、氷、風、土とあらゆる魔法が、離脱する騎兵を追撃する。一つや二つ得意とする属性を持つ騎兵でも、四属性に耐えられる者は存在しなかった。
「遠距離からのこけ脅しで良い。魔法持ちと弓持ちは離脱する騎兵を援護しろ。必要以上に近付くな」
ジェイフの命令に従い、兵達は一斉に攻撃を開始する。遠巻きに着弾する魔法や弓矢だったが、追撃を防ぐ空間を作るには、足りていた。
瞬間的に攻撃が中断されると土壁が瞬時に築かれ、飛来する攻撃が光属性魔法により、迎撃される。
稼いだ時間は10秒程度であったが、騎兵隊が逃げ出すには十分な時だった。諦めの悪いフェリウス兵が矢を射るが、倒れる騎兵は居なかった。
「残存する小隊は既に集合地点へと引いています。大隊長が危険を冒す必要など……」
ジェイフに連れ添った参謀の一人が馬上から苦言を呈した。ハイセルク帝国軍でも前線の指揮官として三指に入っていたが、前線に出過ぎる癖があるのは、参謀なら誰しも知っている。
「案ずるな。一当てするつもりは無い。兵の無駄死にだ」
ジェイフは強力な光属性を放った少年、多種多様の魔法を放った少女を辛うじて目にした。ハイセルク帝国軍でも若年兵として入隊するくらいの歳であろう。
「あれだけの脅威を直に目にしなくては、正しく指揮も取れん」
ジェイフは敵の戦力の評価を始めた。火力で言えば、個人で二個魔導小隊の働きをする。アレだけ強力な魔力だ。身体能力と魔力膜も相当な強度を誇るに違いない。
「流石に、白兵戦も一級とは思えんが、最悪は考えておくべきだな」
ジェイフの勘定では、彼らを殺すには2、3個騎兵小隊を死兵として突入させるしか無い。問題はその取り巻きだった。
「リハーゼン騎士団が子守りをしているか」
猛火を浴びながら、リハーゼン騎士団を突破するのは容易では無い。兵を分散して運用している結果、ジェイフの手持ちの兵力は中隊規模を割っている。
見逃すには惜しい相手であったが、その存在自身も釣り餌となる。今まで散々と釣り出しを行ってきたジェイフとしては、逆に嵌められるのだけは、避けたい。
「まだ決戦場はここでは無い。我らがベルガー司令官が、マイヤードの地に相応わしい舞台を整えている。欠席しては、申し訳が立たん」
パーティーに参加するのはジェイフ騎兵大隊だけではない。軽装歩兵大隊の精鋭たるリグリア歩兵大隊も参加する。
何も先走りジェイフだけで踊る必要はないのだ。
「奴らには遠路遥々来ていただきましょう。帰路を心配する必要も無い趣旨も伝えなくては」
振り回され気味の参謀もジェイフの言葉を聞き、安堵したのか、軽口を叩いた。
「はは、言うじゃないか……さてと、そろそろ限界か、引き上げるぞ」
配下の騎兵が全て撤退に成功したのを確認するとジェイフは踵を返した。
ジェイフの至近にまで遠距離からの魔法が着弾を始めるが、有効的な打撃を与えることはなかった。




