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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第三章

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第二十九話

 蒼炎という擬似的な太陽に暴かれ、行き場を失った夜影が暴れ狂う。


「熱っつぃなッ」


 雑兵であれば熱風に溺れる間合い。マコトはただ熱いと宣う。ふざけた魔力膜に加え、周囲に侍らせた汚泥が《鬼火》を減退させていた。水分を多量に含む地の利も悪い。加えて、強靭な耐火性を有するウォルムに合わせて攻め手は練られていた。


 意志を宿す薄気味悪い汚泥がウォルムを付け狙う。蒼炎が踊り走れば追尾する泥塊は容易く吹き飛ぶ。だが、抜本的な解決には至らない。厄介なことに供給源は無尽蔵にあった。地面から脈々と泥を吸い上げ、新たな触腕がそそり立つ。


「趣味が悪い。それが土石流の種か」


 土と水属性魔法を併用した魔法であった。生れ備わった腕のように泥の触腕は繊細に動く。これだけ自在に動かせるのであれば、豪雨で緩んだ地盤と溜まった地下水を操り、土石流を引き起こすのも容易であろう。


「あれほど大がかりじゃないけど、ね!!」


 旧友のように交わされる言葉に反し、隙あらば互いに致命傷を与えようと魔法が入り混じる。軽快に投げ掛けられる会話ですら一種のけん制と陽動。それが両者の戦闘経験と異常性を浮き彫りにする。火柱が闇夜の天蓋を焦がし、隆起した泥濘が周囲を汚す。そんなうねる汚泥の触手の隙間を縫ってウォルムは距離を縮めた。帝国騎士を拒むように細腕から火球が投射される。火など無駄なことを――距離を詰め掛けたウォルムであったが、視界の端に泥の表面が映り踵を返す。


 直後、破裂した汚泥が周囲にまき散らされる。しつこい泥汚れを嫌った訳ではない。首筋を覆った手甲と鎧が甲高く音を立てる。その正体は礫や釘と言った家屋の残骸であった。廃墟を利用した最低のリサイクル。泥と破片を被った鬼の面が憤怒で震える。その対象は下手人か、避け損なったウォルムか、微妙なものであった。


「気に入ったなら、嬉しいな!!」


「クソガキがァ」


 年相応に声を弾ませたマコトは再び攻撃を敢行する。瓦礫を多量に含んだ汚泥の触腕は即席の破片爆弾と化す。だが、導火線に火が付くのを黙って眺めるほどウォルムも悠長ではない。火球が撃ち込まれる前に蒼炎と熱風を以って、汚泥の茨を吹き飛ばす。


 先ほどまでの立場は入れ替わり、回避行動を強いられたのはマコトであった。多量の破片を汚泥の壁で受け止める。破片を含む爆発物に対する防御性は文句の付けようがない。優れているとさえ言える。尤も、肉薄しようとするウォルムにとっては利用し易い遮蔽物であった。


「このッォ!!」


 マコトが腕を払う。視界に影の線が走った。眼を細めたウォルムは倒れ込むように姿勢を沈め、熱風を推進力に人体の構造を無視した挙動を見せる。胸部と下腹部があった場所を二発の砲弾が突き抜けた。その正体は土属性魔法で最も多用される土弾(アースバレット)


「そんな、動き」


 初めてマコトに動揺が走る。発動が早い土弾に頼ったのだ。既に斬り合いは避けられない。足を活かした機動戦を捨てたマコトはショートソードを抜いた。


 抜刀に合わせて放たれたのは風の刃(エアブレード)、距離を稼ぐ時間などウォルムは与えるつもりなどない。最上段から振り下ろされた斧槍は魔力を帯び、理を捻じ曲げる魔法に正面から鬩ぎ合う。拮抗は一瞬、斬り破られた風の残滓すら熱風により搔き消される。


「はっ――あ゛ッ!!」


 初手を指したのはマコトであった。《水澄》を用いた独特の歩行術で身を縮め滑り込んで来る。ウォルムの利き手とは逆方向、槍使いが嫌う戦い方を熟知していた。加えて刀身の短さを補う間合い。鈍重な斧頭の引き戻しは間に合わなかった。


 喉元を狙う刺突をウォルムは柄で防ぐ。金属が擦れて悲鳴のような切削音が響いた。柄をなぞるショートソードの刃が指を狙う。肘を伸ばして密着する刀身を押し弾く。まだ危機を脱してはいない。剣先が揺らぎ間髪容れずの二の突き。手首を返し、斧槍を回したウォルムは石突きで刀身を強打する。ショートソードが僅かに上がるが、武器の特性差で再び先手を取られてしまう。


 魔力膜による筋力の補正は小兵を怪力へと変えるが、それでも限度がある。ウォルムは体格差を利用して肉体言語に物を言わせた。斧槍を脇に逸らしながら踏み込んでいた側の膝を胸元まで引き上げ、一挙に蹴り下ろす。


「なっ――ぐっ、ぅ!?」


 一直線に伸びた足底が最短距離で下腹部に突き刺さる。咄嗟に上体を逸らし、衝撃を後ろに逸らすマコトだが、衝撃までは逃がせない。斧槍に適した間合いを確保したウォルムは振り被る。一方のマコトは面積と衝撃を優先。水弾(ウォーターボール)を撃ち出す。


 ウォルムは《強撃》による魔法の両断も、回避行動も取らなかった。サラエボ要塞で邂逅を果たして以来、マコトは成長をしていた。恵まれた魔力量や属性魔法に振り回されないだけの技量、懐に入られた際に見せた剣技、重ねた修練は見事なものだろう。だが、ウォルムとて、ただ停滞の日々を過ごした訳ではない。目線で問い掛ける。俺の最大火力は見たことが無いだろう、と。


「ジュスタン、身構えろ!!」


「っ、ぅう゛!?」


 発したのは味方への警告。ウォルムは腐骨龍以来、最大の蒼炎を放った。撃ち込まれた水弾は僅かな抵抗の後に大気へと溶け消える。マコトが苦痛に犬歯を噛み鳴らす。龍をも焼いた炎は使用者にすら牙を剥く劇物。被害は教会堂に攻め掛かる敵兵にまで及ぶほどだ。


 上機嫌な鬼の面は、他人事のように続きを催促する。対するウォルムは何も語ることなく斧槍を横に薙ぐ。展開していた魔力膜の大半を一時的に剥がされたマコトだが、まだ眼は死んでいない。ショートソードを構えて後退を図る。


「ハッ、ぁあァッ!!」


 《強撃》はショートソードを叩き折り防御を食い破る。減退を知らぬ斧頭が細い喉元を目掛けて迫る。「取った」そう確信を得たウォルムだが突き出された腕が想像を覆す。手甲は砕け、骨を絶ったところで刃が止まる。僅かな肉と皮でぷらぷらと揺れる腕。


「っ、ぁああ゛ぁあ、うっぐぅ」


 再び魔力膜が展開されるが、激痛で不恰好に揺れ動く。辛うじて大出血を防いでいたが、迫る破綻を先延ばしたに過ぎない。


「詰みだ」


 真っすぐに構えられた斧槍は一種の警告であった。


「哀れ、んだ眼で、僕を見ィる゛なぁあ!!」


 左腕の機能が失われてもマコトからは戦意は失われない。ウォルムは迷わず止めを狙う。


「舐めんっ、なぁあ゛ァああッ」


 肘から先が剥き出しとなった腕が突き出される。多彩な魔法を使い分けていた小奇麗な魔力の流れと異なり、乱れる意識と剥き出しの神経が魔力を乱す。まるで四属性が混在するよう。千切れかけた腕から苦し紛れの魔法の投射。悪足掻き、そのはずだった。


「《三魔撃》っ!? いや、違う」


 パレットの絵の具をぐちゃぐちゃに重ねたような混沌。だが、その似ても似つかない様相に《三魔撃》が過る。かつてのウォルムもそうであったように苦境に陥ってこそ、人の底力が発揮される。三魔撃に類似した一撃。四属性を重ねたそれは宛ら《重爆》であった。魔力の奔流が地面へと撃ち込まれ、光を帯びながら泥濘が隆起する。同郷の少女は、その中心で笑っていた。熱風を操り後方に下がりながら、ウォルムは残る魔力で《鬼火》を膨らませる。


「あっ――?」


 間の抜けたマコトの声。直後に閃光が走った。網膜が光に焼かれるよう。禍々しく混沌とした魔力の柱が立つ。泥濘に叩き付けられ、半ばまで沈んだウォルムだが、皮肉にも魔力の奔流から身体を保護する形となった。


「くそ、眼が歪む」


 濁った閃光にウォルムの網膜がちかちかと焼き付く。一過性のものであったが、眼が良すぎるのも困りもの。加えて前蹴りを放った足がじゅくじゅくと痛む。


「交差した時に、撫で斬られてたのか……マコトは」


 重苦しい泥を跳ね除けて周囲を探れば《鬼火》と《重爆》の残火がそこら中で燻る。余波を受けた教会堂でも戦闘が終結していた。斧槍を杖に立ち上がる。ウォルムは重い足取りで歩み始めた。


 灼熱で干上がった爆心地に肉片が飛び散る。折れた剣の傍ら、人であった左腕が何かを掴むように転がっていた。焦げた指はまるで、燃え尽きた小枝のようであった。


「……暴発? あいつ、自爆しやがった」


 脅威の排除、分隊への手向け、人間性が変性した同郷を殺すのも止む無し。そうウォルムも覚悟は固めていた。だが、この有様は――死体すら満足に残っていない。


「はは……アヤネにはどう説明する。残った幼馴染は、コレだと言うのか」


 乾いた笑い。思考が纏まらないウォルムは鬼の面を仕舞い込み、がりがりと前髪を掻く。ただ少女の残骸を見つめる。炭化した薬指が風に吹かれ、ぼろぼろと崩れ落ちた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 死んでる描写はないからな。そういう事だろ
[気になる点]  発したのは味方への警告。ウォルムは腐骨龍以来、最大の蒼炎を放った。撃ち込まれた水弾は僅かな抵抗の後に大気へと溶け消える。マコトが苦痛に犬歯を噛み鳴らす。龍をも焼いた炎は使用者にすら牙…
[気になる点] だが、ウォルムとて、ただ停滞の日々を過ごした訳ではない。目線で問い掛ける。俺の最大火力は見たことが無いだろう、と。 「ジュスタン、身構えろ!!」 「っ、ぅう゛!?」 …
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