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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第三章

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第九話 國焼の大鬼

 《鬼火》が止り木たる男の故郷を再び灯す。火に巻かれたのは至近の六名のみ。残りは魔力膜を張り、焼死を免れていた。なんと素敵な贈り物だろう。これだけ猛火に耐える者が居る。


 踊る蒼炎、鼻腔に染み込む肉の焼ける匂い、舞い上がる灰が心地良い。彩るのは人の激情、面越しにしか味わえなかった饗宴が全身を通して伝わってくる。口上も無く下品で不作法であるが、我慢など御免であった。元来、鬼とはそういうものだ。遊びに誘われた幼子のように飛び出せば、瞬く間に敵対者である兵士と肉薄する。驚愕に満ちた顔とは裏腹に刃が煌く。反復して行われた鍛錬により培われた防御行動であった。鬼は無造作に伸ばした拳で、手首ごと剣を叩き落とす。そうして親密な恋仲であるように兵士を抱擁した。


「いイ、匂いだねぇ」


 犬歯を剥き出しに耳元で囁けば、兵士は焼け付く蒼炎と恐怖で懇願する。


「やめろ、離っ――」


 はしたなくも大口を開き、肩口から兵を貪る。漏れ出た血液が蒼炎に炙られ気化していく。腕の中で兵士は生娘の如く身を震わす。瑞々しい甘美な味わい。芳醇な血の香りが鼻腔を抜ける。鬼は酒も知らぬ小児のように酩酊感を覚えた。ただ、まだ足りない。長きに渡り乾いた欲望を衝動のまま発散を続けた。痙攣する兵士の脇腹から手刀を突き入れ、目当ての代物を探り当てた鬼は頬張る。舌の上で脈打つ心臓は食道を通し、胃の底へと落ちていく。


「美味いィ」


 唇に残る血を伸ばした舌で舐め取る。どれほど振りかも分からぬ馳走に思わず言葉を漏らした鬼であるが、息を吐く暇はない。投射された魔法に対し《鬼火》を吹き出し受け止めると、魔力が混ざり合うように衝突を果たす。腹の底に響く良い音だ。次射が始まる前に近場の敵へと狙いを定める。


「っぅ、来るぞォっ!!」


 手頃な三人組であった。蒼炎を伴い駆ける鬼であるが、進路上に置かれた槍先が邪魔立てをする。残る二名も得物を構え補佐へと回った。側面や足を止めれば、両名が切り掛かってくる。鬼は闘争本能に従う。突き出された槍が胸元を捉える前に、地を這うような姿勢で潜り込む。


 間合いに入られた槍兵は手首を切り返し、石突きで殴打を試みるが、打ち上げられた拳が防具ごと胸元を貫いた。背から肘が生え、ごぷりと兵士の頬が膨らみ血の吐瀉物が降り注ぐ。乾いた流砂のように肌が髪が血を吸い込む。残る二人の兵士が息絶えた友兵ごと葬ろうとするが、鬼は手にした肉を力任せに振り回した。


「あれ、躱したかァ」


 水の詰まった皮袋を石畳に叩きつけたかのような、鈍い音が響く。一つ足りない音に関心を覚えると同時に鈍ったな、とため息を吐く。外れた肩を押さえながら、間合いの外に逃れようとする兵士との鬼遊びに興じようとするが、風を感じ取り身を引いた。


「ハワードっ、引いて!!」


 暴風が間を駆け抜ける。見覚えのある攻撃だ。首を逸らすように傾ければ、風を操る元冒険者が居た。面の所有者に致命傷を与えた女であった。男の血ばかりというのも彩りが足りない。有難い配慮だ。


「お疲れさァん」


 進路上で蒼炎に溺れ掛ける兵士を片手間に潰した鬼は、戦鎚を奪い取る。刃物もいいが、やはり鈍器というのは単純明快に物事を解決する即効性がある。試しとばかりに切り掛かる剣士と打ち合う。魔力を込めた《強撃》が剣の腹から叩き折り、頭部を血霧と共に霧散させる。棒切れの如く一度二度と戦鎚を回し、具合を確かめる。悪くない。不足する強度も魔力を纏わせれば補える。


 一撃が金属を折り、一撃が肉を毟る。振れば何かしらに破壊を齎した。戦場を灯す人型の篝火が手足と共に揺らめく。積み上がる死体、脱落者から火に包まれ灰燼と化す。残る敵対者は両手で数えられる程となった。名残惜しいが数には限りがある。横合いから迫る槍先を躱し、当て身で眼球を抉り焼き毟る。光を奪われ、痛みに狂う兵士が出鱈目に槍を振り回す。鬼にとっては寧ろ助勢であった。


「余所見は良くない」


 友兵の醜態に意識を割かれた兵士は、慌てて刀身を寝かせ身を固める。柔軟性が失われた兵など貝と同然。何せ、鬼はこじ開ける道具を持ち合わせているのだ。戦鎚で武具を弾き飛ばし、喉仏を素手で掴み焼き毟る。殻に籠った貝類の料理と然程変わりはない。


 手の平にこびり付く肉片を焼いたところで《鬼火》が揺らぐ。張り巡らせた蒼炎で死角から迫る一撃を知覚した鬼は、戦鎚の柄で受け止めると、足をしならせ背後に蹴りを繰り出す。


「ぐ、っ、ふ゛っぅ――」


「レフティ!?」


 少女が叫んだ。蹴りがめり込んだ胸当ては楕円状に陥没し、草履越しに幾つかの肋骨を砕く感覚を得るが、鬼は不満げに声を漏らす。


「大袈裟だなァ。早く立て」


 臓物を粉砕するつもりで蹴り上げたのだ。それが魔力膜を腹部に集中させ、飛び退き力を逃された。地面を転がり滑ったレフティと呼ばれる元冒険者は、血を滲ませながら歯を食い縛り、立ち上がる。


「無表情よりその方が良い顔。ほら、頑張らないと女が死ぬ」


「舐めるなァ!!」


 意気込みは良いが、その剣は鬼には届かない。魔力膜も《鬼火》で消耗をする一方。正面から戦っていれば、ウォルムは贄を捧げられただろう。剣と戦鎚が交差し、覆った魔力膜が剥がれ、金属同士が擦れる甲高い音が響く。手数で凌いでいるつもりであろうが、鬼に言わせれば悪手であった。息が上がり、魔力と集中力を浪費する。


「捕まえたァ」


 勇み足に合わせて足を振り下ろす。少女の半長靴を草履で踏み砕き、機動を封じる。鬼は隙間を縫うように腕を畳み戦鎚を振り下ろす。身を引くことを諦めた少女は、左肘を曲げながらラウンドシールドを斜め上に構え、ショートソードごと右手を添えて支える。


 鋭敏な反応と言えたが、《強撃》はそれらを嘲笑うように食い破った。裏板の補強ごと砕かれたラウンドシールドは手から離れ、腕は小枝のようにぷらぷらと折れ曲がる。見覚えのある光景。男の頭を覗いていた鬼は過去の記憶から探り当て、あの時のように口調を真似る。


「また、折れた」


 鬼は無邪気に嗤う。核心を突かれた少女の表情は二転三転と移り変わり何とも忙しない。


「私はァ、あの時とは違う!!」


 見え透いた虚勢だが何と好ましい。この少女は嗜虐心まで満たしてくれる。物足りなさに悩まされた鬼だが、その顔が何度目で歪むか、喜びを見出した。無造作に武具を振るう。上下左右に散らした単純な打撃に押され、全身が削り取られていく。手負となったレフティや他の兵士の妨害が入るが、手順が僅かに伸びるだけ。あと二つか、三つで詰みか。


 少女に夢中となった鬼であったが、寒気を感じて我に返る。熱を帯びていた筈の肌が冷気で逆立つ。上質の贄の中に、飛び抜けて鬼を誘う者が居た。心当たりは有る。界を跨ぐ男が生まれ落ちる血筋だ。男の兄もまた闘争に愛されている。弟を殺したつもりとなり、呆けていた顔に意思が戻っていた。その凍てつくような鋭い視線に、鬼は歓喜する。


「弟は《鬼火》、兄は《氷結》か。なんとも仲睦まじいィ」


 《鬼火》を拒むように世界が冷え付く。焼け落ちようとしていた草木が、まるで炎ごと凍結していくようだ。その兵士が歩み出るたびにパキパキと空間が音を奏で氷が鳴く。ハイセルク帝国出身者にして、短期間でリベリトアの最高戦力の一角へと上り詰めた、亡命ハイセルク人の武の象徴。万物を凍り付かせる《氷結》のヘイズが國焼の大鬼へと挑み掛かった。

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― 新着の感想 ―
どこかで死に物狂いで戦うことで成長する的なこと言ってたし、使い捨ての戦力としてとんでもない数の視線をくぐり抜けたのかな
[気になる点] そもそもウォルムは前世の災害である火災旋風とか知識を元に鬼火を作り上げてずっと前線で戦い続けて今の力があるのに戦争をせず魔領の魔物を間引くだけの兄が登り詰めてるのは違和感しかないけど
[良い点] 兄ちゃんも弟(ウォルムさん)と同じく最強戦力だと!?しかも逆属性とか。 炎と氷の対決はワ○ピースやバス○ードを観ても盛り上がると決まってますよね(笑)
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