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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第七十六話

「リィロ、ハウンゼン、いくぞォッ!!」


 槍を突き出したファウストの姿が掻き消える。身構えていたウォルムであったが、その常人離れした加速に舌打ちを放つ。槍先同士が衝突を果たし、競り合いが生じる。魔力で身体を強化したにも関わらず、一方的な膂力差に押し切られウォルムは後方へ傾く。ファウスト程ではないが、二人の仲間の動きも実に鋭敏。絶妙な位置取りで空間を絞り、ウォルムの動きを拘束しながら選択肢を狭めていく。魔眼を駆使し、脆弱な足場でウォルムは踊り続ける。迷宮での戦闘とはまるで別人であった。


「手抜きを、してやがったな」


 ウォルムの追及に、ファウストは答える。


「適合の困難な魔眼、大したものだッ。だが、戦争の末に、魔を組み込んだ者が己だけとは思うな」


 槍の叩き下ろしで、煉瓦造りの屋根が吹き飛ぶ。左腕を中心に身体が不自然に隆起していた。ファウストの踏み込みに耐え兼ね、屋根が音を立てる。言葉の意図を汲み取ったウォルムは、力の正体を悟った。


「魔物を身体に組み込んだか」


「統一戦争時、真紅草と死霊魔術の末に生み出されたのが、俺の部隊だ。もう何の憂いも、制限も無い。さぁ、争ってみせろォおおお!!」


 強敵を前に、ウォルムも手札を切った。ウォルムを中心として空気が熱を帯び、蒼炎が身体から溢れ、熱風が周囲を犯す。


「っ、うぅ゛うっ!! それが《鬼火》かッ」


 その身に火を受けながらも、規格外の魔力膜でファウスト達は持ちこたえる。この程度でくたばる相手ではないことをウォルムは承知している。ウォルムは斧槍を逆手に持ち替え振りかぶると、熱風を伴せ、投擲した。鋭く伸びた炎の槍は、三人の中でも鈍重な盾持ちに迫る。避け切れないと判断した盾持ちは防御を固めた。槍先が金属を削り取りながら大盾に食い込み、蒼炎が纏わりつく。


「ハウンゼン、下がれェッ!!」


 ファウストと弓を失った射手がウォルムの行く手を塞ごうとするが、僅かに遅い。熱風と共に加速したウォルムは、腰のロングソードを引き抜き、魔法銀(ミスリル)製の刀身に蒼炎を流す。炎が刃沿いに踊る。ウォルムは眼前へと迫った大盾ごとハウンゼンと呼ばれる男を斬りつけた。《強撃》も併用した一撃は、表層の鉄を焼き溶かしながら装甲を食い破る。


 驚愕に目を開いたハウンゼンとウォルムの視線が交差する中、腰骨から入り込んだ刀身は、肩口まで抜ける。逆袈裟斬りで両断された男は、断末魔と共に蒼炎の海に沈む。一人の仲間を失ったファウストだが、怯む様子もない。


 一世紀にも渡り戦争に備え、憎悪と覚悟を固めた連中だ。精神的な揺らぎを期待する方が愚かであった。前後を挟む形で剣と槍が迫る。鋭く伸びた槍をロングソードの腹で弾く。剣の勢いを保ったまま、振り向き様にリィロと呼ばれる弓手に斬り掛かる。


 ロングソードがこめかみを掠めるが、反撃を予見していた弓手は直前で進路を捻じ曲げ、上半身を寝かせたままウォルムの膝の刈り取りを狙ってくる。脚を浮かせたウォルムは膝を回し、脛当てでショートソードを蹴り上げた。蒼炎がウォルムの背で渦巻く。熱風による後押しでウォルムは肩口から衝突を果たす。虚を突かれた弓手の重心は崩れた。至近で焼き討つ為に腕を伸ばすウォルムであったが、穂先が両者の間を穿つ。


 咄嗟に肩を入れ替え、突きを逃れたウォルムを追尾するように槍が水平に振われる。重心を落とし、上半身を畳んだウォルムの頭上を槍が通過していく。間髪容れずに喉元に剣先が繰り出された。ウォルムは目を細めながら、ショートソードの軌道を思い浮かべる。寸前まで引き寄せた刃を半身で躱していく。頬の薄皮が裂かれ、滴る血を魔力膜で抑え込む。ウォルムはロングソードの柄頭を腰で支えながら、鎧の構造上の弱点である脇に剣先を突き立てた。


「う、ぐっ、ぎ、ぃいっ!!」


 蒼炎が肉を焼き、血液を沸騰させる。盾持ち同様の手応えはあった。それでも斬った面積か、魔力膜の差か、半身が蒼炎に蝕まれながらも腰の短刀を抜き、突き立ててくる。手甲を突き出し、短刀を握る手首を抑えたウォルムであったが、その眼は弓手から厄介なファウストに移る。


 最上段の構えで迫るファウストは、ウォルムに槍を叩き下ろした。鉄製の槍が竹のようにしなり迫る。雑兵の叩き下ろしですら、骨を砕き、防具の鉄材を破損させる。ふざけた膂力を持つファウストであれば、防具越しでも頭蓋や頸椎を砕かれかねない。


 執念深くウォルムの拘束を狙う弓手を《鬼火》で焼き飛ばす。即座に空いた片腕で剣の腹を支えながら、槍を迎えた。痺れるような鈍痛が全身を駆け巡る。両腕と背骨が軋み悲鳴を上げた。耐え凌ぐウォルムであったが、不意に浮遊感が身体を支配する。


 先に限界を迎えたのは足場であった。屋根材の残骸、弓手の焦げた遺骸と共にウォルムは床に叩き付けられる。肺腑からは空気が抜け全身が痛むが、怯む暇などなかった。逆手に持ち替えた槍を突き下ろしながら、ファウストが頭上より迫る。肘で床を叩き、膝を立て靴底で床を捉えたウォルムは転がるように、その場を離れる。


 槍が床を突き砕き、粉塵が室内に蔓延する。落下した部屋は、窓と入り口が一つの密閉空間。ウォルムは魔力を練り上げ、最大火力で《鬼火》を放つ。発現された蒼炎の大波により、室内で行き場を失った炎が畝り、窓とドアに殺到する。その威力は、耐性のあるウォルムですら、焼けかねない威力であった。


 窓から外に逃れたウォルムは焼け落ちる建物を睨む。不意に外壁が爆ぜるように破壊される。土埃と蒼炎の海から生まれ出たのは、人とは思えぬ程にその身を隆起、肥大化させたファウストであった。


「こ゛の身はァ、人の理カら逸脱を始め、た。俺を、殺したけぇ、れば、首でも落とせ゛ぇぇ、ええ!!」


 外見のみならず、その声色までもが変貌していた。ファウストが言い放った憂いと制限という言葉が脳裏に過ぎる。眼前の男はウォルムと同様に魔物とは完全に適合していなかった。眼が腐り落ちるウォルムに対してファウストは魔に身体が侵食されている。人と魔物の間、魔人とも呼ぶべき男が吠え掛かる。


「人を辞めるか、ファウストォッ!!」


 突き出される槍を躱し、ウォルムは側面に回り込む。一撃一撃が空を斬るたびに打ち鳴り、風を蹂躙するほどの威力。一撃で形勢が決まりかねなかった。長く時間は掛けられない。ウォルムは勝負に出た。不規則に蒼炎と熱風を操り、距離感を幻惑させる。鼓膜は空気が押し出される轟音を捉え続け、槍が幾度も掠める。腕を削り、腹部の肉を抉る。


 それでもまだ足りない。決着を付けるには、急所を的確に突く必要がある。ウォルムは更に間合いを詰める。破滅を告げる音が鼓膜を揺らす。脳内には危険を知らせる警鐘が鳴り響き、鬼の面は斬り合うたびに喜びに震える。


 臓腑を断ち、離れ際にその巨腕を剣先で抉り取る。上段で構えたウォルムに対し、ファウストは極端な前傾姿勢で槍を構える。石畳が抉れ割れ、ファウストの姿が掻き消えた。交差した両者は位置を入れ替え反転する。ウォルムの喉から血が滲む。凶相を浮かべたファウストであったが、首元に刻まれた赤い線が広がり、虚空に血花を咲かせる。


 その差は僅かなものであった。人の身で収まっていたファウストが繰り出した一撃で、ウォルムは槍筋を学んだ。タガが外れた際に初見であれば見切ることもできなかっただろう。結果は逆であったかもしれない。喉ごと動脈を絶たれ、地上で溺れているというのに、蹌踉めきながらもファウストの眼からは戦意は失われていなかった。


「こ゛んな、もの、ではァアあああ!!」


 水気混じりに叫び駆け込んでくるファウストに、ウォルムは最上段の構えで応じる。鈍った槍先を弾き、刀身が上半身を縦断する。傷口からは蒼炎が溢れる。続け様に振りかぶったウォルムは胸元を水平に斬りつける。胸骨ごと胸元を断ち切り、蒼炎は内部からファウストを焼く。


「お゛、わる、には、ま、だ」


 膝を地に付けたファウストは声を漏らすが、糸が切れた人形のように倒れ込む。蒼炎が燻る男の背をウォルムはただただ見詰める。


「……逝ったか」


 喜びなど得られる筈もない。苦々しい後味を抱えたままウォルムは、関所を後にする。一端を排除したに過ぎない。まだ元凶は残っていた。

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― 新着の感想 ―
俺は人間をやめるぞッ!ウォルムーー!
[気になる点] 百年研鑽してこの実力ならそら百年前に滅ぶわ
[気になる点] 『ウォルムは目を細めながら、ショートソードの軌道を思い浮かべる。寸前まで引き寄せた刃を半身で躱していく。頬の薄皮が裂かれ、滴る血を魔力膜で抑え込む。』 面頬着用してるのに頬の薄皮が裂…
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