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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第七十五話

 昼夜問わず、人の往来が止まぬ迷宮都市は、今や死で溢れていた。何の前触れもなく降りかかる死に日々備える人間は少ない。生者を貪るアンデッドを背後から斧槍で薙ぎ、冥府に還したウォルムは死者の群れを見据える。


 市民の死体と魔物化したグールが入り混じっているが、面倒な個体は、古ぼけカビの生えた武具を身に着けていた。ウォルムを視認したグールは緩慢な動作から一転、中段で剣を保持したまま駆け込む。頭部を目掛けて振るわれた刀身をウォルムは鼻先で躱し、身体を入れ替えながら側頭部に斧頭を叩き入れる。脆い頭蓋は呆気なく鉄に食い破られた。


 後続のアンデッドから不揃いな刃先が突き入れられるが、ウォルムを捉える事無く空を切る。前傾姿勢となったグールの顎下から槍先を突き立てた。ウォルムは亡者の脳にまで達した刃を手首ごと柄を捻り、内容物を攪拌した。引き抜き付着した汚物を振り払う。生者を欲するアンデッドは篝火に群がる羽虫のようにウォルムへと引き寄せられ、その肉を渇望する。無造作に斧槍を振る度に、頭部や手足が撒き散らされた。


 ウォルムは内心に渦巻く憎悪をアンデッドへ発露し続ける。こんなものでは静まらなかった。通りを我が物顔で道を塞いでいたアンデッドはその遺骸を道端に重ねる。一つの通りを浄化したウォルムであったが、戦闘音が止むことは無い。まるで都市そのものが犯され悲鳴を漏らしているようであった。


「あんた、人間……か?」


 死者の都となった都市で、生者がウォルムに投げ掛ける。この動乱の中で、趣味の悪い面を着けていれば、ウォルムを人外だと疑いたくもなるのだろう。汚れた防具から判断するに、都市の治安を維持する番兵であった。


「そうだ」


 言葉を交わした兵士を皮切りに、武器を手にした冒険者や市民が探り探りウォルムの眼前に姿を現す。武装した雑多な寄り合い所帯は、大型の酒場に無力な市民を押し込み、篭城を試みていた。入り口付近には攻防の爪痕が色濃く残る。打ち砕かれたドアの残骸には、机や椅子が代わりに積み上げられ、即席の防壁と死体が一体化していた。割れた窓から店内の様子が窺える。店内には、老人から赤子までもが身を寄せ合う。


「こいつらは突然、都市中から溢れ出て来た。幾ら殺しても、死んだ市民までもがアンデッド化した。どうにもならなかったんだ」


 兵士は恥じるように言う。民と財産を守り、外敵を排除すべき兵が、一部の市民と共に籠城していたことを悔いているのか。ウォルムも恩人を救いそこなったばかりであった。兵士を責める資格などあるはずもない。疲労と緊張で顔を青ざめる兵士にウォルムは告げる。


「この数だ。良く戦った方だろう。迷宮のギルド支部に纏まった戦力が集結している。此処よりはまだ安全だ」


「何から何まで済まない。あんたはどうするんだ」


「やることがある。スラムまでの正確な道は知っているか」


「そのぐらいなら、お安い御用だ」


 兵士から詳細な道順を得たウォルムは、再び走る。立ち塞がる魔物は、斧槍を前に葬られていく。城壁外のスラムにたどり着くには、関所を兼ねる城門を抜ける必要があった。教えられた道順を進むうちに、ウォルムの鼻腔は、これまで以上に濃厚な死の香りを捉える。面が死臭に当てられ騒ぎ、興奮に揺れ動く。


「近いな」


 通りの先に見える城門は死に包まれていた。激しい戦闘痕が周囲に色濃く残るが、勝利したのは人間ではない。入り口を塞ぐ形でアンデッドがうろつく。大した数ではあったが、違和感が生まれる。戦前の技能の一部を有すアンデッドは確かに脅威ではあるが、都市の城門付近の防御施設は柔ではない。関所を兼ねる都市の入り口には、相応規模の守備隊が配置される。


 それが短期間で壊滅していた。眼を凝らせば、人間爆弾が破裂した痕跡に加え、アンデッドとは思えぬ人為的な殺傷の痕跡が残されていた。ウォルムは暗い笑みを浮かべる。大広間に駆け込んで来た伝令は、所属不明の武装勢力と称す一団を報告していた。


 アンデッドの役目は数と言う利、一般市民を餌とした戦力の増強と混乱を狙ってのものだろう。総数の少ない武装勢力が不正規戦の主力であり、都市の出入りを管理する関所は、襲撃者共にとっても重要な目標に違いない。幾つかの手が浮かんだウォルムだが、選んだ手法は至ってシンプルであった。


 通りの正面からの力押し。押し寄せるアンデッドを正面から叩き潰していく。数十を超えたところで、ウォルムは数えることを止めた。蒼炎で腐敗臭を撒き散らすグールを焼き払い、斧槍を振り落とし脳漿をぶちまける。ここ一年でウォルムの体調は最も優れていた。真紅草を口に含んだ時に、微量を飲み込んだのだろう。完治とは程遠いが一時、全力を出すには十分であった。


 掴み掛かるアンデッドの頭蓋を石突きで抉り、ウォルムは斧槍を背に巻き付けるように大きく構えた。魔力を帯びた斧頭は、三体の亡者を一度に断裂する。上半身のみになっても肉を欲するアンデッドを靴底で踏み潰す。


 戦斧が正面から迫る。腐った身体とは思えぬ鋭い一閃。ウォルムは肘を締めると石突きを地面に突き刺し、斧槍の枝刃で柄を受け止める。柄に食い込んだ枝刃を外そうとするグールの懐に飛び込んだウォルムは、喉を掴み焼き払った。食道を伝い口腔から蒼炎が漏れ出る。痛覚の無いはずのアンデッドは藻掻き回るが、蒼炎に誘われ、直ぐに冥府へと逆戻りした。只管に斬り、叩き、裂き、潰す。そうするうちに立ち塞がっていたアンデッドも残り僅かになった。


 飛び掛かって来るアンデッドの眼孔に槍先が食い込んだ時、弦が弾ける音をウォルムは聞き逃さなかった。前のめりになっていた身体を急速に真横へ傾け、飛び退ける。石畳に矢が突き刺さった。忘れる筈もない。迷宮で味わった矢羽根と矢柄にウォルムは吠えた。


「ファウストッ、お前らかァ!!」


 射点を見定めたウォルムは、風属性魔法で身体を押し出し、射手が潜む民家の屋根に飛び乗る。屋根材を蹴り上げ迫る間に、二の矢が飛来する。狙いは実に正確であった。喉元に吸い込まれるように迫る矢を頭部を下げ、サーベリアで受け流す。甲高い音と共に、矢は、有らぬ方向へと逸れていく。


 ウォルムは斧槍を突き入れる。槍先は射手の身体を捉えず、投げ出された弓を叩き折る。射手が飛び退きショートソードを抜く。間髪容れずに追撃を図るウォルムであったが、微かな気配を察知し、靴底の全面を屋根に接して速度を殺す。横合いからは槍が迫りつつある。ウォルムの濁った瞳も今日ばかりは良く世界を見通す。石突で穂先を受け止め、頭上へと撥ね退ける。


 ウォルムは突き返しを見舞うが、奇襲に失敗した襲撃者は間合いを取り、探り合うように距離が生まれる。膠着状態の中、盾持ちの襲撃者が遅れて屋根に合流を果たす。確認するまでもない。迷宮で死闘を演じたファウスト達が、再びウォルムの眼前に姿を現した。


「それ以上、グールを減らされては困るな」


 平坦な声色でファウストは言い退けた。ウォルムの感情が弾ける。


「ファウストッ、お前がやったのかッぁアア!!」


「奇怪な面をつけてどうしたウォルム? 式典で三魔撃が死にでもしたか」


「黙れ、何がしたいんだ、お前らは!!」


「全ては復讐のためだ。統一戦争で全てを奪われた我らの再戦だ」


 呆れた言い分は、ウォルムの激情を燃え広がらせた。意図的な会話であろう。言葉を交える最中でもファウストの取り巻きは襲撃の機会を窺い、側面へ展開する動きを見せる。


「これが戦争とでも言う気か、無関係の人間を巻き込んでッ」


「戦争に無関係な人間など居るものか。ここは我らの祖国だ。統一戦争で幾数十万もの兵や民が国を憂い、嘆き、苦しみ、失意の中で死んでいった。それがまるでなかったことのように、無配慮に、人が、土地が、墓標が踏みにじられている。誰が我慢などできるものかァ!!」


 犬歯を剥き出しにしたファウストは、初めて表情を変えた。ウォルムとて国を失った身だ。前線で部隊ごと戦友を失い、無意味とも取れる殺戮をした。それでも百年後、当事者でもない人間など巻き込むなど理解ができない。


「譲れない事情があるんだろうが、そんなものクソ以下だ。百年遅いんだよ、お前らはッ!!」


「ああ、遅いだろうな。それでも、平和呆けした群島諸国も、日和見主義の森林同盟も、恐れ戦く。一泡吹かせられるだろう。我らの盟友は、一世紀前の古き盟約を忘れてなどいない」


「共和国か」


 ギルド職員であるロッゴから、都市に纏わる血に濡れた歴史をウォルムは聞き及んだ。かつて迷宮都市を支配した国の同盟と言えば、三大国の一角である共和国しかなかった。


「さてな。だが、ベルガナ都市が落ちれば、再び時代は動く」


「馬鹿馬鹿しいッ。この数で本当に落ちると思っているのか」


 例え一時、場内の主導権を握った所で数が違う。国境や周辺地域、立て直した守備隊により、最終的に鎮圧されるのは、ウォルムですら容易に想像が付く。


「笑い飛ばせる立場でもないだろうが。国を失ったハイセルク人、本音を曝け出せウォルムッ!! 国を焼き、民を葬った敵国に何の憎悪も抱えていないのか!?」


 同じ敗残兵として、ファウストはウォルムに投げ掛けてくる。迷宮都市での出会い、殺戮が無ければ、一定の共感はあったかもしれない。それでもファウストは迷宮の戦友を、恩人を傷付け殺した。既に相容れぬ関係であった。


「ふざけるな。それが百年も経って、無関係の人間を巻き添えにする理由になってたまるか」


「百年経とうが、俺達は生きている。生きてしまっている。戦争はまだ終わっていない。どちらかが死に絶えるまで、終われるものか!!」


「お前らは戦争に囚われた亡霊だ。守るべき民も国も失い何が兵士だ。お前らは狂った虐殺者だ」


「ああ、そうだ。一世紀、仇討ちを待てば狂いもする。ウォルム、お前は仲間や家族を殺した敵を焼きたいと思ったことはないというのか。仇が都市部にいて殺し尽くせるとすれば、大人しく降れたのか」


「有りもしない話をして、教官面か」


 激昂するウォルムをファウストは野次った。


「言葉の割には余裕がないな。同じ死に損なった敗残兵、何が変わるというのだ」


「俺は崇高な考えは持っていないが、少なくとも、お前らみたいには後ろ向きじゃない。やるだけやったんだ。楽に死ねると思うな」


「望むところだ。殺してみせろォおお!!」


 言語の衝突は終えた。鉄と血を交える本当の戦いが始まる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 当時の仇なんて皆死んでるんだから今を生きるウォルムとは全然違うよな ウォルムの仲間も国も焼いたやつは今も生きとるから無関係の人間無差別に殺すファウスト達と一緒にされるのはまじ心外
[一言] 民ごと巻き込まれる総力戦ってのは当時の主流みたいだったし魔領焼きって外法とはまた別だと思う
[一言] 自分じゃ勝てずに相手に諦めて欲しいだけの亡者みたいな事を言うんだな
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