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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第五十五話

 暗転した視界が急速に晴れ、地上への帰還を果たしたウォルムを待ち受けていたのは、殺気に満ち溢れた番兵の一団であった。先行したメリルからは襲撃の恐れはないと伝えられていたが、警戒を解かなかったウォルムは、斧槍を構えたまま。


「う、抜き身だぞ!?」


「武器を納めろッ」


 その結果、鉢合わせした多数の戦闘員と武器を向け合うハメとなった。場にいないメリルに内心で謝罪の言葉を浮かべながら、ウォルムは必要以上に声を荒げずに答える。


「敵意はない。休憩室で襲われ、警戒していただけだ」


 幸い、流れ落ちた血液により血気盛んとは程遠いウォルムは極めて冷静だった。例外といえば、興奮冷めやらぬ面くらいなもの。ウォルムはゆっくりと斧槍を下げ、レザーシースを槍先に被せる。少しの間を置き、番兵達も剣を納めていく。


「ウォルムだな? 個室を用意してある。付いてこい」


 有無など求めぬ一方的な物言い。それでも初対面の印象の悪さも手伝い、ウォルムは静かに従った。転送室から待機場へと繋がる通路を番兵に囲まれ過ぎていく。通路を抜け切り、待機場にたどり着いたウォルムは呆れ返ってしまう。ただでさえ人で溢れる待機場は、一連の騒ぎにより無秩序な人混みと化している。


「道を開けろ。近づくな!!」


 番兵が野次馬を蹴散らしながら、ウォルムは移送される。警護対象を囲んだ経験はあれど、囲まれる経験などウォルムには無い。まるで重要人物か重犯罪者にでもなったかのようであった。開かれた道越しに受け付けに視線を向ければ、リージィを始めとする受け付けの職員が唖然としている。大した業務妨害に違いない。また迷惑を掛けてしまった。


 無数の視線に晒され、普段であれば踏み入れることも叶わないギルドハウスの奥へ奥へと導かれていく。魔力膜で傷口を圧迫、出血を抑えているとはいえ、血は漏れ出る。


 いい加減、身体に気怠い重さを感じ始めたウォルムは、苦言の一言を漏らし掛けた頃、ようやく番兵は足を止めた。


「中で治療をする。荷物を受け取ろう」


 ものは言い様であった。遠回しに武装解除を勧めてくる番兵の提案をウォルムは明確に断る。


「気持ちは嬉しいが、手放すと落ち着かない。側に置いておく」


 露骨に顔を顰める番兵であったが、強制されることはなかった。診療台に座らされたウォルムは公衆の面前で衣服を脱いでいく。これでは露出狂やストリッパーとそう大差はない。


「この状態で、歩かせたのか? 何の為の担架だ。魔力膜が無かったら血が流れ過ぎて、死んでいるぞ」


 幸にして治療魔術師は中立らしく、ウォルムをここまで歩かせた番兵に嫌味を漏らした。拍手で迎え入れたいところであったが、これ以上番兵達から心証の悪化を避けたいウォルムは自重する。


 触診を合わせた診断により、次々と傷口が暴かれていく。やはり肋骨が防具越しに折られていた。ファウストに裂かれた喉のみならず、人狩りの一団は、人体を巧みに破壊する技術を持ち合わせている。回復魔法が掛けられ、暖かさと共に痛みが引いていく。それでも完治とは言えず、派手に動き回れば、傷口が開きかねない。疲労感に身を任せ、休憩に興じたいウォルムであったが、待ち受けていたのは、ギルド職員による聴き取りであった。


 一連の戦闘の流れから、ファウストとの接触経緯、時には同じ質問が繰り返され、そのしつこさには辟易する。事態が事態であり、必要性に駆られてとは言え、そのうちにウォルムの性癖やスリーサイズにまで質疑が及びかねない勢い。当然それらに質疑が及べば黙秘を貫くつもりであった。


 一刻続いたところで、ようやく休憩を許され、監視付きのままウォルムはその身を休める。水を口に含み喉の渇きを潤し、咥えた煙草から紫煙を吐き出す。ウォルムの一挙一動に注目が集まり、許可を得て煙草に火を灯したにも関わらず、番兵は緊張した様子で目を光らせる。大した歓迎だ。今のウォルムであれば見せ物小屋でも働けるだろう。


 半刻後、閉ざされていた扉が開け放たれた。のそのそと部屋を訪れた男に、見覚えはない。だが手にした紙は、ウォルムへの聞き取りで詳細を記した用紙であった。大柄で何とも腹周りの起伏が激しい。特注であろう制服は手入れが行き届き、胸に下げられた胸章はギルド職員でも高位の者を示す。従者と言わんばかりに御付きの者を背後に侍らせ、尊大な動作は上位者であることを誇示する。権威に弱い人間であれば、卑屈に振る舞わせかねない。


「私はラッファエーレ、ベルガナ冒険者ギルドの副支部長だ。ギルド支部長が不在の時に、困った事をしてくれたよ」


 まるでウォルムが悪事を働いたかの言い様。次はどんな言葉が吐き出されるか、楽しみですらあった。


「聞き取り書には目を通した。ファウストのパーティが人狩り(マンハント)だとは信じられんよ。彼らは後輩への面倒見が良く、模範的な冒険者だった。ギルドへの貢献も大きい。三魔撃の報告があっても、現実味が感じられない」


 目立った古傷が無い身体に反して、荒れた指と小指球は、男が文官であることを示している。あの場にウォルムではなくラッファエーレが代わりに居れば、その弛んだ樽ボディでどのように応戦するか、見ものであった。


「それにたった一人で迷宮都市の最古参で有力な五人を相手に、二人を殺したと? 話を聞けば聞くほど、信じ難い」


 これまでウォルムは従順に取り調べに応じてきた。それも一部は礼儀を欠き、同じ事を延々と聞かれてもだ。報告書に何と記載されたかは不明だが、いい加減に苛々が募る。


「その有力なパーティーが人狩りをしていたから、ギルドでも最古参になったんじゃないのか」


「流れ者が、減らず口を叩くな」


 痛いところを突かれたのだろう。猜疑心を抱く副支部長とやらに、ウォルムは更に怒気を交えて応じる。


「思うところはあるんだろうが、それでも首を落とされかけ、全身を切り刻まれた人間に対する対応にしては酷いもんだ。次は身包みを剥いで牢にでも入れるつもりか。素直に従うとでも? 随分と兵士を侍らせているが、それで足りるのか」


 言い切ったウォルムは目を細めて睨みつける。第二ラウンドかと興奮する面を除き、沈黙が流れる中で護衛に就いていた番兵の手が腰に伸びた。嫌味な文官にしては肝が中々に据わっているらしく、ラッファエーレは番兵を手で制しながらもウォルムから視線を外さない。


「ふん……嘘だとは言っていない。だからこそ調書という形を取っている」


 見つめ合い、友好と親愛を深めた甲斐があってか、ラッファエーレは僅かばかりに態度を軟化させた。少なくとも問答無用で、疑わしきは罰せよ、とならないだけの理性と規則が存在するらしい。


 仮に、ファウスト一行が被害者であったとするなら、仲間を失ったというのに抗議もせずに、姿を眩ませている。これでウォルムに怯えたファウストが一時的に身を隠しているだけだと擁護するなら、拍手混じりに笑うしかない。


「それは実に文化的で、素晴らしい。それでも数度じゃ足りない同じ話をするのは、流石に付き合いきれない。こっちは怪我人だ。それも深傷の」


 ウォルムは繋ぎ合わされたばかりの首を誇示する。一瞥したラッファエーレもこれ以上は不毛と話を切り上げに掛かった。


「まだ白とも黒とも言えん。処置が決まるまでは、ギルド内の客室で過ごしてもらう」


「それは独房か、何かか」


「ふん、望むなら独房でも入れてやろうか。感謝しろ。来賓用の客室だ。普段お前が寝ている迷宮の床や安宿よりも快適であろうな。拘束はしないが、自由な行動は謹んで貰おう。勿論安全に配慮して“護衛”を付けた。おい、案内しろ」


 一足先にラッファエーレが部屋を去ると、番兵とギルド職員がウォルムを淑女のようにエスコートしてくれる。何とも冒険者ギルドというのは、お優しいことか。“厚意”を受け取ったウォルムは、窓の無い一室に案内された。出入りする扉も一つだけ、壁を叩き回れば何とも頼もしい音が跳ね返ってくる。密談向けで、警護対象を守るのに適した部屋であろう。


 皮肉ではあるが、報告書作成時に状況を繰り返し説明したことにより、脳内の整理は付いていた。恐らく、ファウストがウォルムを狙った理由は、単独で狙い易く、魔法袋や個人としては豊富な資金を抱えているからであろう。


「大口を叩くだけはあるか」


 椅子に腰掛けたウォルムは身を預ける。ラッファエーレの言葉を認めるのは癪ではあったが、皮張りの安楽椅子ですら、安宿や迷宮の床よりも上質の寝床であった。結局、ウォルムはベッドに辿り着くことなく意識を手放す。寝られる時に寝る。ハイセルク時代の習慣は今も深く根付いていた。

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― 新着の感想 ―
鬼面さん自重して下さいw
[良い点] そこはベッドまで頑張ってよww
[一言] >疲労感に身を任せ、休憩に興じたい 以前も指摘したが「興じる」は楽しんで熱中すること。休憩ならば「享受」くらいか。単に「休憩したい」でも良いと思うが。 安楽椅子で寝ちゃったかぁ。それでも…
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