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濁る瞳で何を願う ハイセルク戦記  作者: とるとねん
第二章

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第二十七話

 双子月が連なる雲に隠れ、闇夜を暴いていた月明かりが遮られる。男は低木の影から眼を覗かせた。標的は樹木と一体化するように根元に座り込んでいる。夜の帳が下りて随分と時間が経過しており、輪郭はマントにより隠れてはいたが、眠りに落ちているのは間違いない。


「やるぞ」


 息を潜める男、ロドリゴはメイゼナフ家を盟主に掲げ、魔法銀鉱に攻め寄せた小領主ファンファール男爵の手勢の一人だった。本陣近くに配属されたロドリゴは勝ち戦とされる戦いで、後方寄りの配置に不満を抱えていた。死傷する恐れは確かに低い。だが、戦後の物資や死体漁りを考えれば、目ぼしい値打ち物は粗方荒らされ、残る物品も兵同士で奪い合いになる。


 旨味の少ない役回りに、苛立ちを募らせていたロドリゴだが、その不遇とも呼ぶべき配置が、下馬評を覆し、ダリマルクス家の草刈り場と化した戦場での生死を分けた。支城に攻め寄せていたバーンズ子爵、メイゼナフの一門衆、傭兵団の過半が二度と故郷の地を踏めなくなり、残る者もダリマルクス家の手に落ちる。


 命まで取られなかったとは言え、身代金が支払える層以外は、魔法銀鉱での重労働を課される。ロドリゴが知る限りでも、耐性持ち、土属性魔法を持ち合わせていない人間は、劣悪な地の底での作業に代償を払わねばならない。熱や吸い込む粉塵は容易く余命を蝕む。半数が魔法銀鉱より解放されれば、マシな方であった。


 幸い、ロドリゴは後方寄りの配置に加え、集団戦から抜け出す手法、追撃から逃れるだけの手腕と経験を有していた。友軍が蹂躙されるのを尻目に、ロドリゴは素行の悪い仲間を引き連れ、離脱に成功する。


 死神から辛くも逃げ切った。ただ、それだけでは駄目なのだ。命を掛けるのも全ては金の為だ。ツケの代金、消費する嗜好品、挙げればキリが無い。


 ロドリゴが最後に見たファンファール男爵は、従者や僅かな兵と共に敗走。逃げ切ったか、虜囚の身に墜ちたか、どちらにしても忠義を持ち合わせぬロドリゴにとっては、些細な問題であった。


 ロドリゴが唯一恐れる事態は、後払いの報酬が恐らくは不払いとなることだ。例えファンファール男爵が健在でも、捕虜に取られた一門衆の身代金、鹵獲された物資、散った人材は男爵の財力を傾けてしまう。四割の先払いされた報酬は、防具の修繕や酒代に消えている。兵士にとって戦争は、平時では決して得られぬ財を成せる晴れ舞台――安定した群島諸国では小競り合い等はあっても、内外問わずの大規模な衝突は貴重であった。


 この機会を見逃す訳にはいかない。死地より引率した兵七人と共に、ロドリゴは副業に勤しむ事を決意した。とは言え、勢いのあるダリマルクス、ハイセルクを相手取るのはリスクが大きい。メイゼナフ・ダリマルクス両領の村々も敗残兵による狼藉を警戒して、警備を厚くしている。


 数十人も集まれば、村の一つを一夜の内に平らげられるかもしれないが、ロドリゴは数十人の兵を統率できるほどの能力、甲斐性も持ち合わせていない。そんな現状で、ロドリゴが選んだ選択は、友兵狩りだった。


 幸い、濡れ衣を被せる相手には困らない。ハイセルクの残党、ダリマルクス家の追撃はそれだけ苛烈を極めた。先走った一部の将兵は、メイゼナフ領まで追い討ちを図っている。


 戦場に不運な死は付き物だ。剥ぎ取られた死体が幾つか増えたところで、誰も気にしはしない。ロドリゴは隊から逸れた兵をあらゆる手段で欺いた。友好的に労い笑い掛け、背後から喉を掻き斬り、寝込みを襲う。時には待ち伏せで一挙に獲物を皆殺しにした。


 恐る恐る逸れ兵を殺していた手下も、数度襲撃を重ねれば怯えも取れ、すっかり仲間殺しが齎す美酒に酔う。ロドリゴが狙う今回の獲物も単独で行動する兵士だった。警戒心が強いのか、火もくべずに闇夜の森で眠りに落ちている。


「胴は狙うな、頭部付近に絞れ。防具を付けていても衝撃は防げん」


「あぁ、任せろ」


 弓手から小さく返答がくる。恐らく男はマントの下に防具を着込んでいる。頭部も何らかの防具を身に着けているかもしれないが、衝撃は防ぎきれず、寝起きに加えて痛打により混乱状態に陥るに違いない。兜類を装着していなければ、それこそ余計な手間も掛からない。


 射手が弓を構え、音を殺しながらゆっくりと弦を引いていく。失敗に備え、ロドリゴを含めた七人は、駆け込む用意を済ませている。獲物へと視線を釘付けにしていたロドリゴだが、樹木から伸びる一本の枝に眼を奪われる。


「なんだ、ありゃ……?」


 吊るされたそれは緩やかに弧を描き揺れていた。目を凝らしたロドリゴはその正体を掴み、嫌悪感からそれを吐き捨てる。


「趣味の悪い面だ」


 鬼を象った面がロープにより枝から吊り下がっていた。悪趣味な面をわざわざ吊るす意味などロドリゴには理解出来ない。悪神を信奉する邪教徒か、悍ましいルーティンや典則に縛られた死霊魔術師の類いの恐れもある。


 限界まで引かれた矢が解き放たれる間際、ロドリゴは違和感に気付いた。周囲の草木は静まり返り、夜風は吹いていない。だというのに何故あの面は微かに動き続けているのだ。


「おい、まっ――」


 戦地に身を置いてきたロドリゴは、勘に従い弓手に中断を告げるが遅かった。暗闇から吐き出された矢が、一直線に飛び出していく。


 臆病にも考えすぎたか、ロドリゴはこびり付く懸念を頭の隅に追いやり行末を見守る。矢は狂う事なく頭部へと飛来した。


 兜であれば金属同士の甲高い音、肉であれば水気混じりのくぐもった音、経験則から言ってその二つで間違いはない。だが、そんなロドリゴが予見していた二つの音は訪れず、森には鈍く低い音が響いた。


「なっ、ァ!?」


 眠りに落ちていた筈の男の頭部が動いていた。捻じ曲げられた首により、矢は男が背を預けていた大樹へと鏃が食い込んでいる。雲が晴れ、フードの中から二つの瞳が現れた。人間の眼では無い。暗く濁った、そう形容するしかない金色の両眼がまじまじとロドリゴを捉える。


 ロドリゴの手下達は、矢を合図とした当初の手筈通り駆け込んでいた。暗闇の中の出来事、一瞬の中でアレの異常性を何処まで察知できただろうか。男が弾かれたように飛び上がると、片腕を突き出す。そして唐突に暗闇へ蒼色が灯った。


「散らばれぇぇ!!」


 暗闇を引き裂くように、蒼炎が男の右手に渦巻き、駆け込んでいた手下へと伸びる。発現された火球は爆ぜ、その機能と効果を周囲へと披露した。


 爆風が鼓膜を揺さぶり、暗闇に慣れた眼が眩い猛炎に焼き付き機能を低下させる。先行していた手下二人の半身が消し飛び、生暖かい肉片や臓器がそこら中に撒き散る。


「火属性持ちだ。適度に散開して距離を詰めろ、次を撃たせるなッ」


 ロドリゴは即座に命令を下す。マジックユーザーに距離を詰めて戦うのは、当然のセオリーだった。魔力を依代に体現を果たした炎に、ロドリゴの眼が慣れる頃、駆け出していた筈の仲間の一人が蒼炎を前に佇んでいた。


「おい、ぼさっとするな」


 微動だにしない仲間が、ごぶりと言う微かな水気混じりの音を放つ。ロドリゴは顔を引き攣らせる。吐血した仲間の喉笛に槍先が食い込み、空気と混ざり合った鮮血を吐き出していた。


「ひ、火の中だァ!!」


 魔法の弾着に紛れ、人を熱で犯す蒼炎の中に、あの男が居た。吊り下げられていた筈の面が男の顔に装着されている。たじろぎ蒼炎を迂回していた兵士の一人が状況を理解する間に、横合から喉笛を掻き切られる。


 寸断された動脈からは噴水のように血が噴き出し、蒼炎により蒸発していく。ロドリゴの生存本能が警鐘を打ち鳴らすが、歯を噛み慣らし、腹に力を入れて短槍を繰り出す。


「くたばれぇええ!!」


 突き入れられた短槍だったが、斧槍の枝刃により逸らされる。有効打とは言えぬ一撃であったが、それでも貴重な時間をロドリゴは稼いだ。魔法により浮き足立っていた仲間が態勢を立て直し、男を取り囲む。


「怯むな、全員でやれぇえ」


 ロドリゴの発破を受け、仲間が一斉に斬り掛かる。一足先にラウンドシールドを突き出し、間合いを詰めた仲間に対して、男は斧槍を振るう。前傾姿勢に加え、喉元をロングソードで隠し、ラウンドシールドで上半身を覆う防御体勢は、斧槍でも容易に突き破れない筈だった。


 男の斧槍に可視化された魔力がうねり、纏わりつく。ロドリゴが警告の声も上げる暇もなく、上段から振り下ろされた斧槍の斧頭がラウンドシールドを食い破り、両手を断ち切った。


「ぁ、っああ、ああがぁあ!!」


 肘先を失い絶叫を上げる仲間を尻目に、ロドリゴは狙いを定める。残る二人の仲間はそれぞれロングソードとメイスを振り入れた。


「死ねぇやぁあ!!」


 男は叩き付けられたメイスを半身ですり抜け、頭部を狙ったロングソードを上体を逸らして避ける。まるで背中に眼が付いているかのような身のこなしであったが、崩れた体勢をロドリゴは見逃さなかった。逃げ場の失った男の喉元へロドリゴは渾身の一撃を見舞う。


 命を取ったと確信するロドリゴであったが、横合から影が迫る。それはあろう事か両手を失った仲間だった。


「や、め――っぁ」


 有り得ない、有り得てはならない。この僅かな瞬間に何処まで狙っていたと言うのか――認め難い現実がロドリゴに降り掛かる。哀れな仲間は斧槍の鉤爪で胸元を引っ掛けられ、短槍の進路へと捩じ込まれた。ロドリゴは渾身の力で繰り出した槍を逸らす事など出来なかった。穂が仲間の胸元へと入り込むと鎖骨を砕きながら、体内を蹂躙する。


「ちぃくしょうっぅ」


 ロドリゴは素早く引き戻そうとするが、胸当てと砕けた骨の残骸に穂と金口が引っ掛かり、手元に槍を戻せなかった。男は崩れた姿勢を正そうともせず、大地に身を任せて倒れ込んでいく。片手で地面を掴み、残る片手で斧槍を操り、メイスを持つ仲間の一人の足首を刈り取った。


 石突きを地面に突き立て、跳ねるように立ち上がる。ロドリゴは短槍を諦め、腰のロングソードを抜く。まだ負けてはいない。背後から迫るロドリゴだったが、突如反転した男と視線が交差する。


 直後、ロドリゴは硬直した。首に衝撃が走り、それはまるで火傷を負ったように熱を持つ。喉を押さえたのを皮切りに、血が止めどなく溢れ出る。振り向きざまに、突き入れられた斧槍がロドリゴの喉笛を一閃したのだ。


「う、ぐ、っぁ」


 動脈から気管に氾濫した血液により、ロドリゴは僅かな空気と共に血を吐き出す。視界が狭窄して暗転していく。膝から崩れ落ちたロドリゴはそのまま四肢を地面に投げ出す。ちょうど最後の仲間が袈裟斬りにされ、息絶えるところであった。


 斧槍の血を拭った面の男は、周囲に首を振る。まるで日常の中において紛失物を探すような動作であり、片手で足りない兵士を殺した後にする行動ではなかった。


 男は、そこだったのかと言わんばかりに、ロドリゴの下へ歩み寄ってくる。そうして見下ろした男の言葉に、ロドリゴは耳を疑った。


「おい、死ぬな」


「ふっ、ぅざ、け」


 致命傷を負わせた元凶が、ロドリゴに死ぬなと励まし言うのだ。理解ができない。いっそ幻聴であったのではないかと、思考を巡らせようとするが、混濁する意識、暗転する視界がそれらを阻害する。結局、ロドリゴには今際の際に考える時間も残されていなかった。

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[良い点] 面白い。 一気にここまで読んで目が疲れた。 [気になる点] 書籍の表紙はヒロイン詐欺では無かろうかw [一言] 面白かったので1巻買いました。 ぜひ、完結まで書ききってください。
[良い点] おかえりなさい 色々決まって大変だったのでしょうか、書籍情報等もお待ちしております
[一言] 「おい、死ぬな」 これは予想外で最高でした!
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