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詐欺師と嘘 7


 アルコールを摂取したので、車は運転出来ない。代行を呼ぶ気にもなれず、そのまま歩いて帰ることにした。フォーマル用の慣れないヒールはじくじくとした傷みを与え続け、外の気温は容赦なく体温を奪っていく。

 寒かった。今さらのように、それを思い出す。

 マンションを出て、進んでいく路地。そこに人影があった。

「……ともり」

「お帰り、みーさん」

 顔を見るのが、声を聞くのが、酷く久しぶりのような気がした。

「こんなに冷えて。風邪ひいちゃうよ」

 頬にともりの手が触れる。やわらかい声。自分に向けられた、あたたかい声。それがうれしい。うれしいけれど、自分に向けられていいものなのか分からずうつむく。

「……泣きたいの?」

「……ううん、大丈夫、違うよ」

「なっかなか泣かないもんね、みーさんは」

「あー、そだね。確かに」

 小さく笑う。大しておもしろくもなかったので、すぐに笑いは収まった。

「……今となっては、願掛けもあったのかなあ」

「願掛け?」

「うん。───泣くのを我慢したら、叶うような気がしてたのかも。今となっては」

「ふうん」

 こきり、とともりが首を傾げた。私の好きな癖だった。

「じゃあ、もう泣いてていいよ」

「え?」

「みーさんがどれだけ泣こうが、俺がみーさんの願いごとを叶えてあげる。だから今度こそ、泣いてていいよ」

 呼吸が、止まる。

「……そっ、か」

「うん」

「じゃあ、次泣きたくなったら、お願いする」

「うん、任せて」

「うん、任せた」

「うん」

「うん」

「ねえみーさん」

「なあに?」

「大好き」

「うん、識ってる」

「うん。識ってるのを識ってる」

「うん、それも識ってる」

「うん」

「うん」

「ねえみーさん」

「なあに?」

「もう二度と会うことのないひとを、会うつもりのないひとを───永遠に想い続けるって、どういう気持ちだろう?」

 くっと、音無く喉が鳴った。

「それがどんな感情であれ、もう二度と会えないのは、どういう気持ちだろう」

 ともり。

 もしかして彼は───この、青年は。

 全部知っているのではないかと。

 わたしがされたことも、わたしがしてきたことも、わたしがこれからしようとしていることも全部ぜんぶすべて───真実を、識っているのではないかと、そう思った。いや、

 お願い、識っていてくださいと喚きたかった。

 後生だから、記憶に遺してくださいと泣き付きたかった。

 何もしなくていいから、識った上で、記憶に刻み込んだ上で───それを行うわたしのそばにいてくださいと、泣き喚いて縋り付きたかった。

 ともり。

 ともり。

「……さあ、どうだろう」

 わたしは。

 詐欺師のわたしは。

 たくさんたくさん、今まで吐いて来た嘘を───これで終わりに、させることにする。

「それでも、悪いことばかりじゃなかったんじゃないかな」

 ───さよなら、ともり。





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