4話 それなら、それでいい
「少し変わった特技みたいなものがあるの」
そう言われて最初に頭に浮かんだのは先ほどの会話。
過去の黒い歴史が漂白されきってないのかな? という思いだった。
しかし先ほどまでの恥ずかしそうな顔と違い、真剣な顔をする彼女に冗談の類ではないのだろうと考え直す。
「変わった特技?」
「うん。私、人の周りにその人のまとう色が見えたり、嘘や感情も匂ったり聴こえたりするの」
一瞬、意味が理解出来なかったが、蒼月さんはそれを感じたのか、詳しく語り始めた。
「あのね。どんな人にもオーラ? みたいな周りを取り巻く空気の色があって、それでだいたいその人がどんな人か分かるの、それに誰かが嘘を付くと私にはその人が凄く嫌な臭いを発しているように感じるし、敵意や嫉妬なんかの、悪感情を抱えてる人はそれがノイズとして聴こえたりする」
そこまで聞いて蒼月さんの話すそれが、シナスタジア───俗に言う共感覚の事だと理解する。
共感覚は一つの感覚が複数で知覚される現象だ。
例えば音に味を感じたり、数字や文字を色でイメージしたりする。
精度がどれほどなのかは分からないが、蒼月さんの場合はそれが人柄であり、嘘であり、感情なのだろう。
そして同時に何故彼女が学校で、幼馴染の親友二人以外とは最低限の会話しかしないのかがわかった。
彼女程の優れた容姿だと欲や嫉妬を覚えてしまう人が多いのだろう。
和やかに話掛けて来る人間も、笑いながら喋っている人間も、心の中では自分に嫉妬や下心を抱いている。
そんなものを感じ取れてしまうのだから、親友以外に心を開くことがないのも納得だ。
そしてこんな力を彼女のような、優れた容姿を持っている人間が有している。
それはなんと皮肉なことなのだろう。
「突然こんなこと言われても信じられないよね」
あはは、と力なく笑うその姿はどこか諦めも含んでいるように感じる。
だから───
「いや、信じるよ 」
「えっ!?」
これでさっき感じた違和感の正体もわかった。
彼女は俺と話したこともないし、絡んだこともないと言った。それなのに自己紹介カードの一言の欄にはハッキリと、同じ趣味の優しい人。と書かれていたのだ。
最初は違和感の正体が分からなかったけど、話を聞いた今なら分かる。
彼女はその特技で俺のことをそう判断したのだろう。
「俺には蒼月さんがどう思ってきたかはわからないけど大変だっただろうね」
人と違う。
言葉にすれば簡単だが、本人が感じる違和感は相当大きいだろう。
両親の知り合いで俺は同じようにシナスタジアを持っている人を知っている。
その人はあっけらかんとしていたが、人と違う。その事で若い頃は沢山悩んだとも言っていた。
それが多感な時期の女子なら、俺には理解出来ない悩みもきっと多いだろう。そう思って自然と俺の口から出た言葉だった。
彼女の苦しみを本当に理解する事は出来ない。
彼女の想いを本当に理解する事は出来ない。
それでも理解しようとする事は出来る。
彼女が今の段階で苦しみを感じていないならそれでも良い。だけど苦しみを感じているのなら、その苦しみを労わってあげたいと思ってしまったのだ。
───だが
「なっ!? 泣いて……」
蒼月さんの瞳から流れる涙に一瞬思考が停止する。
「えっ、あ、あれ? ご、ごめんなさい。これは、違くて……」
「ご、ごごご、ごめん。そんなつもりじゃなく───」
あまりに予想外の事態に、ここまでの考えなんか吹っ飛び動揺しながら慌てて謝る。
しかし、そんな俺に更なる予想外な展開が襲いかかる。
「うっ……えっ!?」
瞳から止めどなく涙を流し続ける蒼月さんが、謝るために近付いた俺の胸に飛び込み、抱き着いて来たのだ。
ど、どどどどどど、どうすれば!?
泣き続ける蒼月さん。
どうすることも出来ずに固まる俺。
「ごめんね。少しだけ……少しの間だけで良いからこのままで……」
その言葉を聞いて少しだけ冷静さを取り戻した俺は、肩を震わせてすすり泣く蒼月さんの姿に、自分でも無自覚に気が付いたら頭を撫でていた。
多分、蒼月さんは限界だったのかもしれない。
今日まともに話したばかりの俺の一言で泣いてしまうほどに。
人と違う事にも、人を信じられない事にも。
悪意と嘘の見える世界は彼女をそれほど苦しめていたのだろう。
擦れてしまえば、壊れてしまえば楽だったかもしれない。けれど、少し話しただけでもそうと分かるほど彼女は純粋なままだった。
だからこそ苦しかったのだろう。
もしかしたら俺は、友達という名のただの逃げ場所だったのかもしれない。
大切な人に裏切られる、見捨てられる前に自分から求めて作った場所。それが俺だったのかもしれない。
……でも、それなら、それでいい。
しばらくしてなんとか泣き止んだ蒼月さんと少し距離を開け、お互い向き合って正座で座る俺達。
正直、なんとも言えない空気が流れている。
端的に言えば気まずいの一言である。
なので俺から動き出すことにした。
「不用意な言葉で泣かせてしまって申し訳ありませんでした」
いや、マジで。
「そんな事ないよ。私こそ、その……お見苦しい所をお見せしました。それにこんなに長い時間その……抱きついちゃったし」
いや、そんな顔を真っ赤にして言うのやめて下さい。上目遣いでこっち見るとかあざといのもやめて。ドキドキしちゃうから免疫のない男子高校生。
「あっ、えーと、それにしてもあれだね?」
「ん?」
「初めてお友達になった男の子に、家に連れ込まれて、泣かされちゃうなんて思いもしなかったよ」
「言葉のチョイス!?」
人聞きが悪いにも程があるけど、いかんせん言っているのは全部正しいから反論出来ない。
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
もう土下座である。むしろそれしか思い浮かばない。
「あっ、えっと冗談。冗談だからそんなに謝らないで!?」
うん。わざと泣き真似しながらこっちをチラ見してるから冗談なのはわかってる。
でもその言葉の威力は思っている以上にこっちへのダメージが大きいんです。はい。
だから素直に土下座の一択。
「それに……えへへ。頭撫でてくれたの嬉しかったし……」
うん。そんなボソボソ喋ったって、俺はどこぞのラブコメハーレムの鈍感系主人公様じゃないから、ちゃんと聞こえるから照れる。
うぅ、せっかく意識しないようにしてたのにまたなんとも言えない空気に……。
「えっと、あれはその……」
あまりの破壊力にしどろもどろになりながら、さっき自分が考えていた事を説明しつつ、必死に弁明する。
正直、今思えば普段の俺ならしないような大胆過ぎる行動だった。きっと雰囲気に呑まれていたに違いない。
まあ、だとしても謝るけど。
「そっか、そんな風に考えてくれてたんだ。じゃあやっぱり謝らないで欲しいかな?」
「それでもだよ」
ゴホンと咳払いしつつ返す。
「うーん。本当に気にしないで欲しいかな。だって、私すごくすごーく救われた気分だから」
「救われた気分?」
そう言うと蒼月さんは少しだけ恥ずかしそうに笑いながら「……うん」と呟いた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
今回は真白にとって、そして彼にとっても
少し大切な回になったと思います。
次回は、ほんの少しだけ空気が変わります。
よければ、また続きを読んでいただけると嬉しいです。




