聖女?は養ってもらうことにした
私はファイに連れられて教会から出た後、庭園に連れてこられていた。
しばらくは混乱により暴れていた私だったがその抵抗が全くの無意味だと理解できてからはそのまま動かずに運ばれていた。どうやらこちらに負担がかからないように運んでいるらしくこれが案外快適なのだ。
庭園は見たことのない花々で埋め尽くされており、その中央に埋もれるように東屋がぽつんと存在していた。
ファイは迷う素振りもなくその東屋へと向かう。
そこには細かな装飾の施された足部分がくるんとねじれているおしゃれな机と椅子、そして寝そべること前提に作られている上品な赤色のカウチソファがあった。
周りの美しい花々含めて童話の中のお姫様のためものにしか見えないそれに思わず目が点になる。憧れたことはないとは言わないし、出来れば写真の一枚や二枚取らせてもらえれば最高だが…まさかとは思うけど私あれに座るの?どっちかに?え?お金取られたりしないよね…?
おろおろとファイと二つを見る私だったが無情にも私の意見を聞くことなく二つのうちのソファの方にゆっくりと下された。
が、すぐさま逃げ出そうとは思えなかった。
もちろんソファが素敵だから……だけじゃない。クッション性の高いソファにどぎまぎしつつも、脳みそはフル回転だ。
童話の世界のような東屋に思わず意識がそちらにかかりきりになってしまったが、ここに来るまでに見たのは赤い絨毯に映画の中や本の中でしか見たこともないような調度品の数々、そして、燕尾服やメイド服(勿論スカートが短かったりするようなメイド☆服ではなく本格的なやつだ)を着た人や映画の中で見るような煌びやかなドレスの女性、黒を基調とした軍服を着た男性など。
まるで外国の王族のお城のような場所で動き、働いている人々を見て、彼らはエキストラでここは遊園地で~なんて呑気に思えるような頭を私は持っていなかった。
そもそも帰宅してあるはずのソファに飛び込もうとしたらそこは真っ暗な穴で、真っ逆さまに落ちて落ちた先には~なんて夢か、夢じゃないなら異世界ファンタジーな世界に行ったとしか考えられない。でも夢にしてはリアルすぎたし、細かすぎた。テレビで見てなんとなく夢に見る、とかならわかるがこんな細かく精巧になど覚えているわけがない。
信じたくはないが、異世界ファンタジーの線が濃厚のようだった。
「あそこは五月蠅くてちゃんと話ができないと思ったのでここに連れてきた。ここはセレスティア国、王城。聖女というのは世界を救うといわれている存在。詳細はほとんどわからない。王子様はさっき魔法陣の中央で少女、恐らく聖女を抱き上げていた青年。魔法陣みたいの、は魔法陣。聖女を呼び出すのに必要なものと言われている。ついでにあそこにいたほとんど全員が魔力持ちで聖女を呼び出すためにあの魔法陣に魔力を捧げていた」
ファイはそれだけ言うと口を噤んだ。まるでこれ以上語ることはないという風で、私は一気に突っ込まれた新事実に頭が追い付かないでいた。
が、しばらくすると先程わけがわからなくなって問いかけまくった言葉一つ一つの返答だったと気が付く。
「名前ファイ、さんで…あってます?」
「ファイでいい」
「え、と、…じゃあ、ファイ」
いやそんな初対面で呼び捨てとかは~という私の言葉は言葉にならなかった。目線が呼び捨て以外を完全否定していた。そしてそんな真剣そのものの表情で否定されて尚且つ『さん付け』し続けるような気概は私になかった。
「私が安心できないかと思ったから連れてきたって言ってたけど、どうしてそんなに親切にしてくれるんですか……えと、親切なの?」
敬語も駄目らしい。
強すぎる視線に耐え切れず言い直せば彼は頷いた。どうやら正解らしい。
「貴女は俺の主だから」
が、言ってることは完全に意味不明だった。申し訳ないが全く理解できない。主ってなんだ。
「私がファイの主ってどういうこと?」
「この国には伝説がある」
私の質問に、彼は直接的には答えなかった。
彼曰く、聖女は5人の従者と共に世界を救うといわれている。
従者は元々飛びぬけた能力を持つが、聖女に従者だと認められ、魂を縛られるとその能力が跳ね上がる。
魔物を本当の意味で倒せるのは聖女とその従者だけと言われている。
魔物は倒したり殺したりできるが聖女やその従者でないと復活する。
魔物とかマジでファンタジーの世界だった。しかもこの分だと私がその聖女とやらで彼がその従者っぽい。超重要キャラクターっていうか主人公かヒロインレベルだった。
だが、いやいやちょっと待てと彼の言葉に私はストップをかけた。
「あの場で『聖女』って呼ばれてたのは王子様に抱っこされてた美少女ちゃんだったし『聖女』はあの子じゃないの?ていうか私貴方を従者だと認めても魂を縛ってもないけど。そもそもやり方わからないし」
「俺が知っているのはこれだけ。だから俺にもよくわからない。でも、俺の主は貴女」
むちゃくちゃだった。しかも主を私だと判断してくるくせにその理由は当人にもしっかりとはわかっていないらしい。
「あ…!ねぇ、異世界に召喚された人間が元の世界に帰った事例は?魔物を一掃したら帰るとかそういうの、ある?」
「ない」
こちらに関してはきっぱりとした返事だった。
彼曰く、この世界に召喚された聖女はこの国の人間として生きていくと。しかもそのうちの何人かは王族や貴族と結婚した例もあるらしい。聖女という地位は王族や貴族と結婚するのにも全く問題ないとは恐ろしいことだ。少なくとも私は礼儀作法など習っていないのでご遠慮させていただきたい。
っていうかそういうこと残さないでもっと別なこと残してほしかった。
「俺の地位は、王家騎士団の中の第四騎士団団長だから貴女を養うことくらいは可能だけど、他の従者も探す?伝説では他に四名ほど貴女の従者はいるけど」
そう言われて、考える。聖女として生きるか、否か。
だが、自分だけが聖女と呼ばれているのならば他の従者とやらを探したり魔物退治したりと色々頑張らなければならないだろうけど聖女はもう一人いる。しかもむしろそっちが本命と言わんばかりに崇めたてられているし正直私はいらないんじゃないかと思った。
……っていうか、私が聖女です!と言ったとして誰が信じてくれるのやら。
「養ってください」
なのでぺこりと頭を下げて、ちらりと彼の顔を伺ったら心底嬉しそうに微笑んでいた。
私の言葉は正解で、彼を喜ばせるものだったらしい。
出会って短い時間とはいえあまり表情の変化のない彼の初めて見る表情らしい表情は驚くほど綺麗なもので、美形に耐性のない自分の心臓がどきどきとバカみたいに五月蠅い。
「守る。絶対に」
先程は普通に抱き上げていただろうに恐る恐る、まるで触れることを恐れるように近づいてくる彼の手を自分から握った。触れた彼の手は大きく、温かい。
彼といれば大丈夫だと、何の根拠もなく思った。
彼は私を裏切らない。
彼は私を守ってくれる。
絶対に。それは揺らがないと。




