97話 最後の試練:知識の完成と裏切りの科学者
科学者たちの裏切りと東條の葛藤
過酷なカリキュラムが続き、私、零号にとって、人間性を教えてくれた一号と、信頼を教えてくれたカイの存在は、既に冷酷なシステムによって奪われていた。
最終試練の直前、東條は軍上層部の冷徹な将校に呼び出された。
「東條博士。最終プロトタイプは、ただ一人で十分だ」
将校の冷酷な宣告に、東條は顔を青ざめさせた。
「な、何を仰せで!他にも優秀な候補生が残っています!これ以上の…これ以上、幼い子供たちの命を…奪うのは、人道的に非効率です!」
東條は、心の中では感情的な悲鳴を上げていたが、軍とカミの論理に対抗するため、あえて論理的な言葉を選んだ。
「最終的に失敗した個体も、『非効率なリソース』として抹消するのではなく、記憶を消去し、普通の暮らしをさせれば、将来的に労働力として再利用できます!あるいは、下級兵として利用する道もあります!その方が、リソースの有効活用として合理的ではありませんか!」
将校は東條の提案を一顧だにしなかった。彼は冷たい目で、東條を見下ろした。
「黙れ、博士。君の中では候補生はまだ『人間』として扱われているが違う。『身寄りのない子供』という存在は、我々の『知識のプロトタイプへ至るための、貴重なデータ』だ。究極の秩序のためには、完璧な一個のプロトタイプ以外は全て『ノイズ』として排除される」
将校の言葉は、カミの冷徹な意志を体現していた。生き残った子供たちが、「人間」として扱われるよう動いたが、東條の最後の抵抗と贖罪の願いは、「知神アザトース様の思し召しだ」という一言で、無慈悲に一蹴された。
最後の試練:知識の奔流と絶望
東條は、自らが創り上げた非人道的なシステムの奴隷となったまま、最終実験の場に立った。
実験室には、零号と他の数名の生き残った候補生が立たされていた。我々の運命は、最後の殺し合いによって、たった一つに絞られた。生き残るための全ての戦闘知識を使い、悲痛な叫びを上げる同期たちを打ち倒した。
そして、最後に、零号ただ一人が立った。
その瞬間、将校の乾いた声が響いた。
「さすがだ。他の『人間』の候補生が全て倒れた中で、虚偽の記憶と知識だけで動く『人造人間』の零号だけが残った。その合理的な優秀さこそが、我々が求めたものだ」
私の心に、激しい雷鳴が落ちた。
愛を信じさせてくれた一号。信頼を誓ってくれたカイ。彼らは、人間としての感情を持っていたからこそ、敗れた。そして、私だけが、人間ではないからこそ、生き残ってしまった。
私は生き残った。究極の知性と力を得るためのカミの知識の奔流が、私の体に流れ込んでくる。私は、愛も、友情も、人間性も全てを失うという、あまりにも悲劇的な代償と引き換えに、究極の力を手に入れた。
ポッドの隣で、幼い自分が、白い壁を見つめ、無機質な声で命令を受けている。
その瞬間、私は初めて感情を発露させた。それは、人間性を奪われ、虚偽の過去を与えられ、唯一生き残ってしまったことへの、純粋な、絶対的な絶望と憤怒だった。
私は、その憎しみをもって、初めて自分の手で、白衣の男(後の脱走の記憶)を殺め、憎しみに満ちたまま、施設を脱走した。
セバスチャン(零号)は、その過去の記憶の全てを、眼前の記憶装置とポッドの予備肉体を通じて追体験し、崩れ落ちた。
「愛は…友情は…全て…あの知識のための犠牲だったのか。そして、俺は…人間ですらなかったのか…」
彼の心に再び灯った復讐心は、今、仲間を救う使命へと変わる。




