96話 友情の断絶と最後の告白
セバスチャンの意識は、最終実験の直前の、最も悲劇的な記憶へと引き戻されていた。
一号の最期:非効率な後悔
過酷なカリキュラムが続く中、私の最も非効率的で大切な友人であった一号は、ついにシステムの餌食となった。
それは、中央演算装置による知識解析テストの最中だった。彼は、私を励ますため、試験直前に私にだけ小さな笑顔を見せた。その感情の動揺が、致命的なエラーを招いた。
「回答、誤り。論理の矛盾を確認。即時、資源の抹消を開始します」
冷徹な音声が響き渡った瞬間、教官たちは躊躇なく銃を構えた。私は、彼を救うための最適な論理解を瞬時に計算したが、間に合わなかった。
「待ってくれ!俺は…俺はまだ、生きたい!笑いが、本当に非効率だと、信じたくない!」
一号は、普段の奔放な彼からは想像もできない、悲痛で、むき出しの絶望に満ちた声を上げた。彼は、最後まで信じ続けた人間的な感情が、この冷酷なシステムにおいて何の価値も持たないことを悟り、初めて激しく後悔したのだ。
その悲痛な叫びは、銃声によって断ち切られた。彼の血が冷たい床に広がるのを見た私は、感情を完全に封じ込めた。彼の死は、私に**「感情は、究極の非効率であり、最大の弱点である」**という冷酷な知識を植え付けた。
103号の最期:戦闘の誓い
一号の死後、私はさらに冷徹になった。私とカイ(103号)は、感情を捨て、ただ互いの戦闘の相棒としての役割に徹した。しかし、私たちが築いた信頼は、論理を超えた絆として存在し続けた。
そして、運命は、カイにも容赦しなかった。
最終実験の直前に行われた過酷な実戦模擬訓練において、私たちは外部から侵入した暴徒との戦闘に投入された。これは、施設が意図的に仕掛けた「最終選別」だった。
私は、カイを庇いながら戦っていたが、敵の銃撃が、カイの胸を貫いた。
「カイ!」
私は、崩れ落ちる彼女を抱きとめた。彼女の口から血が溢れ出し、命の炎が急速に消えていくのが分かった。
「クソッ、こんな…こんな終わり方…」
カイは、その女性の体から、いつもの男らしい口調で、かすれた声を絞り出した。彼女の瞳は、私をまっすぐ見つめていた。その瞳には、恐怖ではなく、私たち二人の間に流れる非合理な絆への感謝が満ちていた。
「零号…。俺は、もうダメだ。だけどな…お前は、生き残れ。お前は、この施設の外の世界を見ろ。そして…」
カイは、最後の力を振り絞って、私の顔に手を伸ばした。
「俺の分まで、生きろ。そして、自由になれ。…俺は、お前を…好きだったぜ、零号…」
その告白は、この施設が最も排除しようとした、究極の非効率である「愛」の言葉だった。彼女の唇から最後に漏れたのは、静かな「愛の終わり」の息だった。




