95話 零号の記憶:失敗作たちの挽歌(中編)
負けたら死の訓練と一号の光
午後の訓練は、中央演算装置によって設計された実戦形式の戦闘シミュレーションであり、それは常に「負けたら死」を意味した。訓練施設の中央に設置されたアリーナでの戦闘は、候補生たちが互いの能力と知識を極限まで引き出し合うよう強要されたが、その目的は友情や連携といった非効率なものではなく、『生存競争』と『データ収集』のためだった。敗北は、即座に「リソースの損失」と見なされ、その場で命を絶たれた。
私の同期の中で、一号という少年がいた。彼は、私と同じく身寄りがなく、この冷たい施設の中では異質なほどに感情豊かで、いつも笑顔を絶やさなかった。訓練で常にトップの成績を収め、感情を排していた私とは対照的だった。
ある日、激しい模擬戦の後、私が壁際で冷却液を浴びていたとき、彼は私に近づいてきた。私は彼を**「非効率な個体」として認識していた。
「零号、あんたは優秀だけど、笑うという最大の非効率を忘れてるぜ!」
彼はそう言って、無防備な笑顔を見せた。その笑顔は、この施設が教える合理性とは、最もかけ離れたものであり、私には理解できなかった。
「笑いこそ、最大のエネルギーだろ!ほら、これ!」
一号は、訓練で勝った報酬として与えられた、硬い配給ビスケットを、二つに割って私に差し出した。この施設では、食料さえも『合理的報酬』であり、他者と分かち合うことは許されない行為**だった。
「受け取らない。それはお前のリソースだ」
私が冷たく拒絶すると、彼は屈託なく笑った。
「いいんだよ。誰かと半分こした方が、満足度が非合理的に高まるんだ。それこそ、この施設じゃ教わらない究極の知識だぜ!」
彼は、自らの非合理的な感情こそが、この施設で生き残るための秘策であるかのように振る舞った。彼は、無機質な私に、「人間らしさ」の価値を、小さな優しさという行動を通じて教えてくれた唯一の友人だった。彼は、私の冷徹な論理の裏に隠された、微かな人間性の存在を、最後まで信じ、引き出そうと試みた。
しかし、この施設で感情は最大の弱点だった。過酷な選別の中、私たちは、人間性を犠牲にしなければ、生き残れないという冷酷な真実を、毎日突きつけられていたのだ。彼の笑顔が、いつかこの冷酷なシステムによって踏みにじられる運命にあることを、私は論理的に理解していた。そして、その理解が、私の心を一層深く凍らせた。




