95話 零号の記憶:失敗作たちの挽歌(前編)
セバスチャンの意識は、中央演算室の巨大な記憶装置から放たれる青白い光と、黒い液体に満たされたポッドに浮かぶ自身の予備肉体を目にした瞬間、強制的に過去の深淵へと引き戻された。
彼の名は、零号。そこにあったのは、紅茶の香りや銀食器の輝きに満ちた執事としての記憶ではない。ただ、旧陸軍中央研究所の地下深く、冷たいコンクリートと知識の奔流にまみれた、血と絶望の日々だった。
狂信的な知識の注入と選別
研究施設は、知神アザトースが提供した知識のプロトタイプを、完璧に実行し得る『人間兵器』を製造するための、冷酷な工場だった。私たち『候補生』は、素性や出自を抹消された身寄りのない子ども、あるいは大皇国との戦闘で捕獲された敵国の孤児で構成されていた。我々の存在意義は、ただ一つ、「究極の合理性」を体現する『完全な部品』となること。
毎日のカリキュラムは、人間的な成長を完全に拒絶する、非人道的なものだった。
午前は、中央演算装置に直結された学習ポッド内での知識の強制注入が行われた。我々の脳には、軍事戦術、化学構造、そして何よりもアザトース由来の「論理的解析」という概念が、容赦なく刻み込まれた。
「問。戦闘兵団の配置における、敵軍の精神的損耗を最大化するための、最適な論理解を、三秒以内に示せ!」
思考の遅延は、即ち非効率と見なされた。解析結果を導き出せない候補生は、容赦なく公開の場で拘束され、訓練教官の指示のもとで高圧電流による電気ショックを受けた。その衝撃は、肉体を焼き、精神を破壊した。そして、この工程を繰り返してもなお、「非効率な個体」と判断された者は、「リソースの無駄」として、容赦なく研究材料に回され、抹殺された。




