87話 秩序と混沌の交差点
光の渦を抜けた瞬間、私たちは、再び時の特異点に立っていた。空間は巨大な砂時計に囲まれ、過去・現在・未来の全ての流れが一点で激しく衝突している。
「レオンハルトと本物のリリアーナの陽動は成功したようだ」
クロード王子は、周囲の空間の波動を読み取り、冷静に判断した。アザトースの論理的干渉は、大皇国の帝都に集中しており、この特異点に直接的な排除の紋様は現れていない。
しかし、空間の奥から、冷たい青い光と、不気味な黒い靄が、私たちを取り囲むように現れた。
「来たか、クロード」
知神アザトースが、青い光の中から姿を現した。彼の周りの空気は、鋭利な論理と、私たちへの強い憤りで満ちている。
「君の戦略は、論理的には破綻している。だが、君は『愛』という非合理的な要素で、私の予測を二度も裏切った。そして、よりにもよって、混沌の力を使うとは…」
アザトースの言葉には、怒りだけでなく、予測不能な事態への嫌悪が滲んでいた。
その時、空間の別の方向から、千鶴の嘲笑が響いた。
「フフ、最高の舞台や。陽動まで使って、ここまで来るとはな。知神よ、あんたの秩序が、人間の策略に敗れた瞬間やで!」
鶴神千鶴は、黒い靄の中から姿を現した。
「クロード。わての混沌の力を、あんたらの封印に使うんやろ?ええで。ただし、この封印は、あんたらの予測を超えた、究極の不確定な舞台にならなければ、承知せんで」
二柱のカミが、私たちを挟み込む形で対峙した。最終決戦の舞台は整った。
究極の矛盾の構築
クロード王子は、迷わず私に指示を出した。
「リリアーナ。俺は、アザトースの知識を用いて、この特異点に論理的な構造を組み込む。これが、運命の壁の骨格となる」
彼は、千鶴の杖を手放し、自らの手から青い幾何学的な紋様を放出した。紋様は空間に広がり、時の特異点の激しい流れを、一つの固定された論理として定義しようとする。
「俺が知神の力で秩序を築く。リリアーナ、お前は千鶴の杖で混沌を解放し、その秩序の構造を歪ませろ!論理が崩壊する一歩手前で、その矛盾を永続させるんだ!」
私は、クロード王子の覚悟を受け取り、強く頷いた。千鶴の杖を握りしめると、私の体から、運命の意志と混沌の力が融合した黒い光が溢れ出した。
「行くわ、クロード王子!混沌を、秩序の檻に閉じ込める!」
私は、クロード王子が作り出した青い論理の構造めがけて、千鶴の杖の力を解き放った。
黒い混沌の力は、青い秩序の構造に衝突し、空間全体が激しいノイズを上げ始めた。論理と非論理、秩序と混沌が、互いを否定しながらも、一つの壁として融合させられようとしている。
「やめろ!クロード!それは、存在そのものの矛盾だ!世界が崩壊するぞ!」
アザトースは、その論理的な危険性を察知し、私たちを止めようと、さらに強大な青いエネルギーを放出した。
「フフフ!もっとやれ!もっと歪ませろ!それが、わての望む物語や!」
千鶴は、歓喜の声を上げ、自らの混沌の力を私の杖へと注ぎ込んできた。
私たちは、二柱のカミの力を、自らの運命の意志で操り、この世界とカミの領域を隔てる、「絶対的な矛盾の壁」の構築へと挑んだ。




