82話 知識の檻と脱出の賭け
謁見室の床を覆う青い幾何学的な紋様は、アザトースの論理的トラップだった。紋様は急速に収束し、その中にいる私たちを、存在の矛盾として消去しようとしていた。
「アザトースめ!現実世界にまで直接干渉してきたか!」
クロード王子は、本物のリリアーナを抱えながら、冷静さを保っていた。彼の頭脳は、知神の知識を得たことで、このトラップの論理構造を瞬時に解析していた。
「この紋様は、俺たちを『非合理的なエラー』として排除しようとしている!リリアーナ!紋様の収束の法則を打ち破れ!」
「わかったわ!」
私は千鶴の杖を、床の青い紋様に向けた。杖の混沌の触媒の力が、アザトースの秩序の法則と激しく衝突する。
謁見室全体が閃光を放ち、紋様は一時的に歪み、収束がわずかに遅れた。
その間も、廊下ではレオンハルト殿下と人体強化された憲兵隊との激戦が続いていた。
「くっ…強すぎる!」
レオンハルト殿下は、友の剣で憲兵隊を退けていたが、彼らの怪力と耐久力は常軌を逸しており、脱出経路を確保するどころか、後退を余儀なくされていた。
「レオンハルト!耐えろ!脱出ルートを確保する!」
クロード王子は、私と本物のリリアーナを壁際に移動させると、床に倒れている黒鉄元帥と白鷺文官長に近づいた。二人は、私の魔力によって動けなくなっている。
「元帥!文官長!あなたたちが信じる秩序の根源は、この論理的排除です!アザトースは、あなたたちもまた、秩序を乱す可能性があるなら、容赦なく消去する!」
元帥は、恐怖と怒りに顔を歪ませたが、何も言い返せない。
「リリアーナ!紋様の一点を最大限に歪ませろ!レオンハルト!その一点を突破口に脱出する!」
クロード王子の指示は、冷徹で無駄がない。
私は、渾身の力を杖に込めた。運命の意志と混沌の力が融合し、床の青い紋様の一角を、激しくねじ曲げる。青い光が、一瞬、虹色に変化し、床に小さな穴が開いた。
「今だ!レオンハルト!」クロード王子が叫んだ。
レオンハルト殿下は、その小さな突破口を、渾身の一撃で広げ、廊下にいた憲兵隊を強引に突き破って、私たちのもとへ戻ってきた。
「殿下!確保しました!」
「行くぞ!」
クロード王子は、本物のリリアーナを抱え、私とレオンハルト殿下と共に、崩れ始めた床の穴へと飛び込んだ。
その瞬間、謁見室全体が青い光に包まれ、私たちがいた場所は、完全に消去された。
私たち一行は、陸軍省庁舎の地下へと転がり落ちた。
「ここは…」
セバスチャンが事前に情報を集めていた地下の水道管だった。汚水と蒸気の熱気が充満している。
「逃げるぞ!アザトースは、この地下まで追ってはこない!彼の論理は、不衛生な場所での戦闘を非効率と判断する!」
クロード王子は、冷静に言い放った。彼の知識は、カミの弱点を知り尽くしていた。




