80話 偽りの秩序の崩壊
陸軍省庁舎の謁見室。
クロード王子は、黒鉄元帥と白鷺文官長に対し、カミの干渉によって世界が崩壊するリスクと、それを防ぐために大皇国の「人類の生命力の根幹」が必要であるという合理的な論理を説いていた。
「元帥閣下。我々の行動は、貴国が掲げる秩序の永続に他なりません。我々に必要なのは、貴国の軍事力ではなく、人類の意識の集合体としての力です」
黒鉄元帥は、腕を組み、不遜な態度を崩さない。
「ふむ。確かに、貴様の提案には合理性がある。だが、我々大皇国は、常に自力で秩序を築いてきた。大陸の王族どもに、国の運命を預けるのは非合理だ」
白鷺文官長は、冷静にクロード王子を値踏みしていた。
「クロード王子殿下。貴殿の主張を裏付ける、科学的根拠を提示していただけますか?我々は、妄言で動くほど、甘くはありません」
クロード王子は、交渉の決裂を覚悟し、千鶴の杖に手をかけようとした。説得が不可能ならば、武力による封印の強行も視野に入れざるを得ない。彼の「合理的」な判断が、冷徹な結論に向かおうとした、その瞬間だった。
「待ってください!その秩序は、偽物です!」
謁見室の扉が、激しい音を立てて開き、本物のリリアーナが、血まみれの執事服のセバスチャン(前話設定変更に基づき、この描写は削除し、リリアーナ自身の負傷に変更)ではなく、憲兵との格闘で汚れた服のまま、飛び込んできた。
彼女の顔には、怒りと、絶望的な真実を伝えなければならないという使命感が刻まれていた。
「リリアーナ…!なぜここに!」
私とクロード王子は、その予期せぬ、そして危険な乱入に驚愕した。
本物のリリアーナは、息を切らしながらも、元帥たちに向かって叫んだ。
「貴国が誇るその秩序は、知神アザトースが作り出した、人間の生命を道具とする非人道的なシステムです!」
その言葉に、謁見室の空気が一瞬で凍り付いた。元帥と文官長の表情は、初めて動揺の色を浮かべた。
「何を言っている!カミだと?非人道だと!?警備!この女を捕らえよ!」元帥が怒鳴った。
「その兵士たちの異常な力を見てください!」
本物のリリアーナは、憲兵隊との衝突で負った自身の腕の傷跡を見せた。
「貴国の兵士たちは、『人体強化』という名の非人道的な技術で、無理やり力を引き出されています!その技術の根源こそ、知神アザトースの冷徹な知識です!彼は、貴国を、運命を収束させるための道具として利用しているだけだ!」
クロード王子は、脳裏でアザトースの知識と、本物のリリアーナの言葉を即座に照合した。
「まさか…アザトースは、自らが直接干渉する代わりに、この大皇国という最も合理的な秩序を持つ国を、運命を収束させるための隠れた駒として利用していたのか!」
クロード王子の顔は、激しい怒りに歪んだ。彼は、憎しみを捨てたが、裏切りと不正に対する王としての怒りは、健在だった。
黒鉄元帥は、ついに隠しきれない怒りを爆発させた。
「黙れ!この国を侮辱するな!わが国は、陛下の御慈悲によって最強の秩序を築き上げたのだ!」
元帥は、懐から拳銃を取り出し、本物のリリアーナに向けて突きつけた。
「貴様は、秩序を乱す混沌だ。ここで消えてもらう!」
クロード王子は、私の手を強く引き、千鶴の杖を元帥に向けた。
「させるか、元帥!お前たちは、既にカミの道具となっている。その知識は、もはや人類の未来ではない!」




