78話 帝都・暁の威圧
私たちの船が誘導された先は、大皇国の帝都・暁の巨大な軍港だった。港の桟橋は石と鉄でできており、煉瓦造りの巨大な工場が立ち並び、空は蒸気機関の煤煙で薄暗い。
船が接岸すると同時に、整然とした足音と共に、大皇国の兵士たちが甲板に上がってきた。彼らの軍服は、西洋風のデザインに、日本の武士のような威厳を融合させたようなもので、その規律は鉄のように厳格だった。
「フレイア、オーロリアの使節団と申告された。これより、黒鉄元帥閣下への謁見まで、貴様らの行動は全て内務省の厳重な監視下に置かれる」
彼らの言葉は、全て日本語の敬語で統一されており、その冷たい威圧感が私たちを包み込んだ。
私たちは、港から都の中心部へと連行された。帝都・暁の街並みは、洋風の石造りの建物と、日本風の木造建築が混在しており、電信柱が立ち並び、急速な近代化の熱気が充満していた。しかし、住民たちは皆、下を向き、互いに目も合わせず、徹底された規律の中で生きている。
「この国には、自由な感情がない…」
リリアーナは、その異様な雰囲気に、武神が作り出した憎悪の連鎖とは違う、管理された抑圧の気配を感じ取った。
「彼らは、秩序を重んじるあまり、人間性を犠捨にしている。アザトースの支配下にある国のようだ…」
クロード王子は、冷静に分析した。彼の知識が示す秩序の概念は、アザトースの目指すものと酷似している。だが、アザトースが直接この国を支配しているという証拠は、まだなかった。
私たちは、都の中心にある、巨大な石造りの陸軍省庁舎へと案内された。
謁見の間には、この国の事実上の最高権力者である黒鉄元帥が待ち構えていた。彼は、厳つい髭を蓄え、豪華な軍服に身を包んだ、威圧感のある壮年男性だ。
元帥の横には、切れ長の瞳を持つ、知的な女性が立っている。彼女こそ、行政の全てを仕切る白鷺文官長だ。
「大陸の軟弱な王族どもが、何の用でこの大皇国まで来たか。無駄話をする暇はない。単刀直入に述べよ」
黒鉄元帥は、私たちを一瞥するだけで、強い威圧感を放った。
クロード王子は、一歩前に進み出た。彼は、王子の権威を背負い、冷静かつ合理的な言葉で、この世界の真実を説き始めた。
「元帥閣下。我々は、人類の存亡に関わる、究極的な危機を貴国に伝えるために参りました。この世界は、**『カミ』**という、我々の想像を超える存在によって、運命を弄ばれてきました」
瞬間、謁見室の空気が氷のように冷たくなった。
白鷺文官長は、鋭い視線をクロード王子に向けた。
「カミ、ですか。クロード王子殿下。我々大皇国は、科学と軍事力を絶対的な秩序としています。そのような非科学的で非合理的な妄言をもって、我々の時間を浪費されるのであれば、直ちに本国へ送還させていただきます」
クロード王子は、顔色一つ変えなかった。彼は、この反応を予測していた。
「非合理だと?ならば、秩序についてはどうでしょう、文官長殿?」
クロード王子は、千鶴の杖を静かに掲げた。
「我々は、貴国が理想とする究極の秩序を、この世界に永続させるための最後の手段を、貴国と共に講じたい。そのための人類の生命力を、貴国に託していただきたいのです」
クロード王子は、カミの存在を隠し、大皇国の国益と秩序に訴えかけた。彼らの協力を得るための、最初にして最後の賭けだった。しかし、彼の言葉が、この国のある秘密に触れてしまったことに、彼はまだ気づいていなかった。




