74話 赦しと崩壊
白い、眩いばかりの光が、憎悪に染まった謁見室全体を包み込んだ。
その光は、武神・耕太が送り込んだ憎悪のエネルギーと、私の魂が放つ純粋な赦しのエネルギーが衝突する、運命の交差点だった。
憎悪のエネルギーは、私に「なぜ裏切られた人間を、カミの道具を、憎まないのか」と問いかけ、私の精神を引き裂こうとする。しかし、私はクロード王子が憎しみを克服した意志、そしてライオネル殿下の静かなる犠牲を思い出し、その全てを力に変えた。
「私は、あなたたちを憎まない!憎しみは、この世界の運命を、破壊するだけだから!」
私の赦しの光は、憎悪の赤い光を押し返した。憎悪は、赦しという対極の感情に触れることで、その力を失い、霧散していく。
「バカな…!」
謁見室全体を覆っていた武神・耕太の干渉の意思が、初めて明確な苦痛の声を上げた。
「なぜだ!なぜ、お前は憎しみに囚われない!裏切りと絶望こそが、物語の最高の燃料のはずだ!」
武神の力は、その根源である「憎悪」が否定されたことで、急速に弱体化し始めた。憎しみに染まっていた兄王子の瞳から、赤い光が消え、彼は混乱と戸惑いの中で剣を取り落とした。
「武神の力が消えていく!」
レオンハルト殿下が、驚愕の声を上げた。彼は、クロード王子と共に、武神の力が完全に消滅するのを警戒して見守っていた。
クロード王子は、私に駆け寄ろうとはせず、冷静に状況を分析していた。彼の瞳は、私が憎しみに打ち勝ったことを理解し、戦略の勝利として認識していた。
「リリアーナ!憎悪の根源が揺らいでいる!トドメだ!」
彼の声は、私に最後の力を要求した。
私は、千鶴の杖を、憎悪のエネルギーが噴出していた空間の中心に突き立て、最後の力を込めて、運命の意志を解き放った。
「武神耕太!あなたは、この世界から、運命の記録ごと消え去りなさい!」
赦しと運命の力が融合した光は、武神の領域への干渉の穴を完全に塞ぎ、彼の存在そのものを、この世界の運命から切り離す断絶のエネルギーとなった。
「俺の物語が…!こんな、こんなヌルい結末で…!」
武神の断末魔の叫びが、空間に木霊した。それは、敗北の叫びであると同時に、彼の存在がこの世界の運命から消去される瞬間の音だった。
光が完全に収束した後、謁見室は、静寂に包まれた。
兄王子と弟王子は、お互いの顔を見合わせ、何が起こったのか理解できていない様子だった。武神の呪いが解け、彼らの間の憎悪は、単なる和解可能な対立へと戻っていた。
「終わった…」
私は、力が抜けて、その場に倒れ込んだ。
クロード王子は、冷静に周囲を確認した後、私を抱きかかえた。彼の瞳に、初めて安堵と愛の光が戻った。
「リリアーナ。お前は、本当に…この世界の運命を救った」
彼は、私を抱きしめる腕に、感情を込めて言った。憎しみを乗り越え、知性の冷たさを脱ぎ捨てた、彼の真の愛の運命が、私に伝わってきた。
武神の脅威は去った。しかし、残されたカミは、まだ二柱。知神アザトースと、混沌の千鶴だ。そして、この世界の運命の解放の先に、待ち受ける真の結末は、まだ誰も知らない。




