68話 エオルス島の異変
フレイア王国の応接室。
クロード王子、リリアーナ、そしてレオンハルト殿下は、ライオネルの亡骸を前に、今後の戦略について話し合っていた。彼らの使命は、カミの領域に留まる武神と千鶴の力を完全に封じ込め、この世界の運命から永遠に切り離すことだった。
「武神と千鶴を完全に封じるには、知神アザトースの協力を得るのが最も合理的です」
クロード王子は、感情を抑え、冷静な判断を下そうとしていた。しかし、その瞳には、ライオネルの死と、過去を救った安堵が複雑に混ざり合っている。
その時、応接室の窓の外、遥か東の空に、不気味な赤い光が瞬いた。
「あれは…?」
リリアーナが、不安げに窓を見た。
レオンハルト殿下が、緊張した面持ちで答える。
「あの方角は、エオルス島です。大陸の辺境にある、小さな島国のはず…」
クロード王子は、瞬時にその赤い光の正体を理解した。武神の力の波動だ。
「武神め…!直接干渉はできないはず…!」
「いいえ、クロード王子」
リリアーナは、その赤い光から、武神の激しい怒りと、退屈という感情を読み取った。
「あれは、私たちへの復讐ではありません。八つ当たりです。彼の計画が狂ったことで、彼は無関係の運命を弄び始めたのよ!」
クロード王子の顔が、怒りに歪んだ。彼は、憎しみを乗り越えたばかりだが、武神の身勝手な振る舞いは、彼の王としての正義感を激しく刺激した。
「武神は、別の場所で、別の悲劇の物語を創り始めたということか…」
「そうだとしたら、このまま放置するわけにはいきません」
レオンハルト殿下は、剣の柄に手をかけた。ライオネルの犠牲の上に築かれた平和を、他の場所でカミに壊されるわけにはいかない。
クロード王子は、すぐに指示を出した。
「レオンハルト、すぐにエオルス島へ向かうための船を手配しろ。武神の力が、本格的に定着する前に、干渉を食い止め、彼を完全にこの世界から切り離す」
「承知いたしました!」
レオンハルト殿下は、ライオネルの亡骸を深く一礼した後、急いで部屋を後にした。
クロード王子は、私に向き直った。
「リリアーナ。俺は、もう二度と、憎しみに囚われない。だが、カミの身勝手な行動は、俺たちが王として、そして人間として、最後まで責任を持って止めなければならない」
彼は、私の手を強く握った。
「お前は、共に来てくれるか?今度の戦いは、私たちの個人的な運命のためではない。世界全体の運命のためだ」
私は、迷いなく頷いた。彼の瞳には、かつての冷徹な知性ではなく、運命を自ら切り開く人間の強い意志が宿っていた。
「ええ、もちろんよ、クロード王子。私とあなたの運命は、世界と共にあります」




