65話 運命の行方
憎しみと愛の衝突による強大なエネルギーが収束した後の時の境界は、静けさに包まれていた。創造主の姿はなく、空間を支配していた圧迫感も消えている。
私は、愛を取り戻したクロード王子の腕の中で、安堵の息を漏らした。彼の体から武神の血の呪いの痕跡は完全に消え、温かい人間の体温が伝わってくる。
「クロード王子、本当に…終わったのね」
「ああ、終わったんだ、リリアーナ」
彼は、私の髪を優しく撫で、深い愛情を込めた瞳で私を見つめた。
その時、時の導き手(ライオネルの姿)とレオンハルト殿下が、私たちに近づいてきた。
「クロード殿下!リリアーナ様!」
レオンハルト殿下は、安堵と喜びの表情を浮かべていた。彼の肩の傷はまだ痛むだろうが、友と私が無事であることに、心底感謝している様子だった。
「ライオネル…」
クロード王子は、友の姿をした導き手に向き合った。
時の導き手は、静かに頷いた。
「創造主の秩序の根幹は破壊されました。この世界は、カミの支配から完全に解放された。武神も千鶴も、もはやこの世界に直接干渉することはできないでしょう」
それは、私たちにとっての完全な勝利だった。
しかし、その言葉に続き、時の導き手は、悲しげな顔(ライオネルの顔)でクロード王子を見た。
「ですが、その代償として、ライオネルの魂が持つ最後の支えも失われました」
「どういうことだ…?」クロード王子が問い返す。
「私は、ライオネル殿下の体を借りることで、彼を救うことができました。しかし、創造主の秩序が崩壊したことで、彼の魂を支えていた運命の特異性も失われた。彼の魂は、もう彼の体に戻る力を持っていません」
その言葉は、クロード王子にとって、あまりにも残酷な真実だった。憎しみは消えたが、友との別れという新たな悲劇が彼を襲う。
「そんな…ライオネルは…」
「クロード」
時の導き手は、ライオネルの顔で、クロード王子に微笑みかけた。
「私は、ライオネル殿下の魂の記憶を持っています。彼は、あなたが憎しみに囚われることなく、幸せになることを心から望んでいた。そして、リリアーナ様と共に、この世界を導くことを信じていました」
ライオネルの最後の願いを聞いたクロード王子は、静かに涙を流した。彼は友の体を抱きしめ、別れを告げた。
「ありがとう…ライオネル…」
クロード王子がライオネルの体を解放した瞬間、時の導き手の姿は、光の粒子となって、その場から消えていった。ライオネルの肉体は、魂を失い、静かに床に倒れ込んだ。
私たちは、友の最後の犠牲を前に、深い悲しみに沈んだ。
その時、レオンハルト殿下が、倒れたライオネルの体を見つめながら、静かに口を開いた。
「クロード殿下、この世界の運命は、確かに解放されました。しかし、私たちは、ライオネル殿下を失ったという事実を抱えて、現実の世界に戻らなければなりません」
「ああ。分かっている」
クロード王子は、悲しみを乗り越え、王子の顔に戻った。
「私たちは、この時の境界を離れ、現実世界に戻る。そして、この戦争を終わらせ、ライオネルの犠牲を無駄にしない、新しい世界を築かなければならない」




