61話 新たな干渉者
アザトースの警告と、空間を揺るがす異様な振動は、私たちに新たな危機が迫っていることを告げていた。
クロード王子は、感情を取り戻したばかりの顔に、強い決意を刻み込んだ。彼は私を深く抱きしめた後、周囲を見渡した。
「時の導き手。アザトースの言う『より強大な干渉者』とは、誰のことだ?知識には、その存在の記録はあったか?」
時の導き手(ライオネルの姿)は、苦痛に顔を歪ませた。
「知神の知識は、私にも全て共有されてはいない。しかし、三柱のカミの上に存在する、世界の創造者の可能性が…」
その言葉に、私たちは息をのんだ。三柱のカミですら、この世界の運命を弄ぶには手に余る存在だ。その創造者とは、一体どれほどの力を持っているのだろうか。
「時の導き手。運命の巻き戻しは、カミの領域に穴を開けたのか?」レオンハルト殿下が、冷静に問い詰めた。
「ええ。武神の支配から逃れるという、極めて不確定な事象が、この世界の境界線を一時的に崩壊させた。彼らは、その歪みから侵入してくる」
その瞬間、巨大な砂時計が激しく回転し始めた。時空の境界が、ビリビリと音を立てて引き裂かれる。
そして、空間の天井――夜空が広がる部分――に、巨大な亀裂が入った。
亀裂から流れ込んできたのは、武神の暴力的な赤い光でも、千鶴の混沌の黒い靄でも、アザトースの冷たい知識の青い光でもない。
それは、全ての色を含み、全ての色を無に帰す、純粋な白の光だった。
その光は、私たちに、生きとし生けるもの全てを拒絶するような、圧倒的な無関心と絶対的な力を感じさせた。
「これが…創造主…」
クロード王子の顔から、血の気が引いた。武神の血の力と、知神の知識を得た彼でさえ、その存在の大きさに、本能的な恐怖を覚えているのがわかった。
光の中から、ゆっくりと人影が降りてきた。
その姿は、性別も年齢も不詳の、光の集合体のようだった。顔には、人間的な感情は一切なく、ただ退屈という概念そのものが具現化したような、虚無的な表情を浮かべている。
「…チリ芥。なぜ、私を煩わせる」
光の集合体から発せられた声は、声というよりも、空間そのものが震える絶対的な宣告だった。
「その声…!」
時の導き手が、驚愕に目を見開いた。
「この声は、過去の周回で、運命をリセットする全ての終焉の時にだけ響いた…」
その時、光の集合体が、私たちを一瞥した。
「ああ。私は、この世界の創造主にして、終焉の管理者。君たちの退屈な愛と憎しみの争いが、私の創造した秩序を乱している。故に、全てを無に帰す」
創造主の言葉は、クロード王子が過去を救ったという私たちの行為全体を、無意味なものとして否定した。
「ふざけるな!」
クロード王子は、千鶴の杖を大地に突き刺し、叫んだ。
「俺たちが運命を変えたことで、お前の退屈な秩序が壊れただけだ!お前の思い通りにはさせない!」
「クロード王子!」
私は、彼の隣に立ち、彼の運命を共にすると決意した。
創造主は、クロード王子の抵抗にも、一切動じない。
「君たちの感情の戯れは、もはやノイズだ。運命の境界を修復し、無に帰すことが、最も秩序ある結末だ」
創造主の白い光が、私たちめがけて収束し始める。この光に飲み込まれれば、私たちは存在そのものを消し去られ、この世界も、カミの遊びすら許されない、虚無に帰してしまうだろう。




