60話 現在への帰還
光の奔流に飲み込まれた私の意識は、時の流れに沿って激しく引き上げられていった。私の体は、まるで過去と現在を結ぶゴムのように引き延ばされ、武神との激しい攻防の疲労が全身を襲う。
「クロード王子…」
私が過去に植え付けた運命の種は、未来の彼の心を、憎しみから解放する力になるだろうか?それとも、武神が言ったように、さらなる悲劇的な未来を生み出すことになるのだろうか?
私が再び地面に降り立ったとき、その場所は、巨大な砂時計が鎮座する時のカミの領域だった。
「リリアーナ!」
クロード王子の声が響いた。彼の瞳は、かつての冷徹な光を失い、混乱と、微かな安堵の色を帯びていた。
私が過去へ転移していた間、この空間では時間がほとんど流れていなかったはずだ。レオンハルト殿下と時の導き手(ライオネルの体)は、戦闘態勢を解かずに、私を待っていた。
「おかえりなさい、リリアーナ」
時の導き手が、安堵の表情(ライオネルの顔)で言った。
「武神の干渉は、どうなった?過去の運命は、書き換えられたのか?」
クロード王子が、焦燥を隠せない様子で問いかけてきた。
私は、過去での出来事を簡潔に説明した。
「ええ。武神・耕太の干渉の意思を、過去の時点で逸らすことができたわ。彼の家族が殺されるという悲劇は…回避されたはずよ」
私の言葉に、クロード王子は、膝から崩れ落ちた。彼の憎しみの根源だった、家族を失った悲劇。その運命が、書き換えられたかもしれない。
「父上、母上、妹…」
彼の瞳から、大粒の涙が流れ落ちた。それは、憎しみからではなく、失われた愛への、そして救われたかもしれない運命への、純粋な感情の涙だった。知識によって感情を閉ざしていた彼の心が、過去の書き換えという衝撃によって、再び動き出したのだ。
「武神の呪いの鎖が…解けた!」
時の導き手が、驚きに満ちた声を上げた。
彼の体から流れ出ていた、知神アザトースから受け取った冷たい知識のオーラが、温かい光へと変わっていく。彼は、憎しみを乗り越え、人間性を取り戻したのだ。
その時、空間に再び、知神アザトースの冷たい声が響いた。
「愚かな…。自ら憎しみを捨てるとは。しかし、運命の書き換えの代償は、まだ終わってはいないぞ」
アザトースの声と共に、空間全体が激しく揺れ始めた。
「どういうことですか、アザトース!」
レオンハルト殿下が叫ぶ。
「君たちが過去を救ったことで、この世界の運命は、武神の支配からも、私の合理的な計画からも完全に外れた。これは、新たな混沌を生む不安定な状態だ」
アザトースは、巨大な砂時計を指差した。砂時計の砂が、逆流したり、止まったりと、異常な動きを見せている。
「私は、この世界の最も穏やかな収束を望んでいた。君たちの行為は、最も不確定な未来を選択させた。この運命の不安定さは、より強大な干渉者を招くだろう」
私は、胸騒ぎを覚えた。武神や千鶴よりも、さらに危険な存在。
「クロード王子!」
私は、彼に駆け寄った。彼は、涙を拭い、私を、かつての愛しいリリアーナとして見つめていた。
「リリアーナ。俺は…もう憎しみには屈しない。お前が掴み取った運命を、俺が守る」
私たちは、新たな、そして最も危険な敵を迎え撃つ準備をしなければならなかった。




