6話 断罪の始まり
悪役令嬢として嫌われるために、私は転生者として必死に生きてきた。
しかし、私の前についに現れた、もう一人のリリアーナ。
彼女は、この物語の真の「悪役令嬢」だった。
私のこれまでの努力は、全て無意味だったと悟る。
偽物の悪役令嬢と、本物の悪役令嬢。
二人のリリアーナが出会う時、物語は、本当の「修羅場」へと加速していく。
「どうして……どうして、君が……」
レオンハルト殿下は、目の前の「もう一人のリリアーナ」に呆然と立ち尽くしていた。その姿は、まるで幽霊でも見たかのようだった。
「どうして?面白いわね。私は、ただ自分の婚約者の様子を見に来ただけ。まさか、私がいない間に、こんなにも滑稽な茶番が繰り広げられていたとは、思ってもみなかったわ」
本物のリリアーナは、私とレオンハルト殿下の間に割って入ると、私を上から下まで値踏みするように見つめた。その視線は、まるでゴミを見るかのようだった。
「お前は、この世に存在してはならない。私の名前を騙り、私の婚約者を誑かそうとした罪は重い。今すぐこの場から消えなさい」
彼女は、静かに、しかし有無を言わさぬ口調で言った。その言葉には、一切の慈悲も、躊躇いもなかった。
私は、彼女の言葉に、何も言い返すことができなかった。彼女こそが、この物語の真の「悪役令嬢」だ。私が今までやってきたことは、彼女の足元にも及ばない、子供の遊びだったのだ。
その時、私の腕が、強く引かれた。
「リリアーナ様!早く、ここから離れましょう!」
振り返ると、そこにはアルフレッド殿下がいた。彼は、私を本物のリリアーナから引き離そうと、必死な顔をしている。
「アルフレッド。私の許可なく、婚約者に触れないでちょうだい」
本物のリリアーナは、鋭い声でアルフレッド殿下に言った。
「彼女は、あなたの婚約者ではありません!彼女は、私と、ジルと、ロベルト様と……そしてレオンハルト殿下と、皆に愛されているのです!」
アルフレッド殿下は、珍しく感情を露わにして、本物のリリアーナに反論した。
「愛されている?ふん、笑わせてくれるわね。あなたたちが愛しているのは、この偽物が演じる『優しいリリアーナ』でしょう?本当の私を、あなたたちは、知らない」
本物のリリアーナは、嘲笑うように言った。彼女の言葉に、アルフレッド殿下はぐっと黙り込んだ。
その通りだ。彼らが愛しているのは、私が演じた「自己犠牲の令嬢」という、彼らの勝手な幻想なのだ。
「いいでしょう。ならば、あなたたちに教えてあげるわ。本当の『悪役令嬢』が、どういうものか」
本物のリリアーナは、そう言うと、私の前へと進み出た。
「偽物よ。あなたに、一つだけ教えてあげる。この世で最も憎まれる方法は、ただ一つ。それは……」
彼女は、私の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「最も愛されている者を、最も嫌いな者に仕立て上げることよ」
彼女の言葉に、私の背筋が凍った。
「私が、あなたの愛する者を、この手で、地獄に突き落としてあげるわ」
本物のリリアーナは、そう言うと、静かに微笑んだ。その笑顔は、恐ろしいほどに美しく、そして冷酷だった。
私は、この瞬間、悟った。
私の「嫌われる努力」は、終わったのではない。
本当の悪役令嬢による、本当の断罪イベントが、今、始まったのだ。




