56話 運命の原点
私の体が光に包まれ、次に地面に足が着いたとき、周囲の空気は一変していた。
火薬の匂いも、血の匂いもない。空は澄み渡り、吹き抜ける風は優しかった。
私は、見たことのある場所に立っていた。クロード王子が幼少期を過ごした、フレイア王国の王城の庭園だ。
時間軸は、クロード王子がカミの血を分け与えられ、家族を失う、あの悲劇の瞬間より前。
私は急いで王城を見上げた。王城はまだ炎に包まれていない。平和な昼下がりの静寂が、辺りを支配している。
「ここが…運命の原点…」
私の使命は、千鶴が運命を歪ませる前に、武神・耕太の干渉の意思を打ち砕くこと。武神がクロード王子に興味を持ち、カミの血を分け与える、その瞬間を阻止しなければならない。
私は、急いで城内へ向かった。クロード王子は今、ここで、幸福な幼少期を送っているはずだ。
庭園を抜けると、奥の練兵場から、幼い男の子の声が聞こえてきた。
「父上!今の、どうでしたか!」
「ハッハッハ!クロード!よくやった!その剣の筋は、未来の王に相応しい!」
そこには、父王と、まだ十歳にも満たない幼いクロード王子の姿があった。彼は、木剣を構え、汗を拭う父王に、無邪気な笑顔を向けていた。
その光景を見た瞬間、私の胸に熱いものが込み上げてきた。これが、憎しみに染まる前の、純粋な彼の姿。
その時、空が、奇妙に歪んだ。
あの時と同じだ。 空間を切り裂くような不協和音が鳴り響き、太陽の光が不自然に屈折する。
「なんだ、これ…?」
父王が空を見上げ、困惑の表情を浮かべた。幼いクロード王子も、不安そうに空を見つめている。
そして、空中に、巨大な影が現れた。
武神・耕太だ。彼は、まだ肉体を持っておらず、ただの威圧的なエネルギーの塊として、空間に顕現していた。
「チッ、つまらねぇな。こいつらが、この世界の主人公かよ。シナリオ通り、家族を消して、絶望を与えるか…」
武神の声は、この世界には届いていない。彼は、観客として、この運命を見定めている段階だった。
しかし、私もまた、運命の外側から来た存在。武神のエネルギーは、私を明確に捉えた。
「なんだ、テメェは。時空のゴミか?」
武神は、私の方へ、干渉の意思を向けた。彼の瞳には、退屈という名の冷酷な光が宿っている。
私は、彼の干渉を、この場で止めなければならない。
私は、武神に向かって、まっすぐに叫んだ。
「武神耕太!あなたは、この世界の運命を弄ぶのをやめなさい!」
私の声が、武神のエネルギー体に、明確に響き渡った。
武神は、目を見開き、驚愕の声を上げた。
「まさか、未来から干渉しに来た異物か!?そして、俺の名前を知っている…!」
私の存在が、この過去の運命の原点を、決定的に歪ませ始めた。武神の干渉の意思は、幼いクロード王子から、私の方へと完全に向けられた。
彼のエネルギーが、私めがけて、荒々しく迫ってくる。
私の勝利は、彼の干渉の意思を打ち砕き、この過去の時点で、彼の興味をこの世界から逸らすこと。
私は、幼いクロード王子を守るように、武神に向かって、両手を広げた。
「あなたの退屈に、この世界の運命を犠牲にはさせない!」




