55話 終焉の舞台へ
クロード王子が手に持つ千鶴の杖から、黒と赤の光がほとばしる。彼の冷徹な指示に従い、私たちは転移の光に身を委ねた。
彼の隣に立つ私の心は、凍えるように冷たかった。憎しみを克服した代償に、彼は感情を失い、カミの提示した「知識」という名の鎖に繋がれた。彼の瞳に映る私は、もはや愛しいリリアーナではなく、**「次の混沌の始まりに千鶴の注意を引きつけるための要素」**でしかない。
光が収束した場所は、再び、私たちがいた世界とは違う空間だった。
しかし、ここは時の境界ではない。
足元は、水晶のように透き通った巨大な円形の床。周囲は、無限に広がる暗闇だが、その暗闇の縁には、まるでプロジェクションマッピングのように、オーロリアとヴァーレント両国の兵士たちが、凍り付いたように停止している光景が映し出されていた。
「ここは…」
「カミが、この世界の物語を観劇するための特等席だ」
クロード王子が、静かに言った。彼の声は、反響し、空間全体に響き渡った。
「知識によれば、武神と千鶴は、常にこの空間から、自分たちの物語を監視している。この場で、彼らを同時に討つのが、最も合理的だ」
彼の言葉と同時に、空間に二つの巨大な影が姿を現した。
一人は、苛立ちと興奮を隠さない、武神・耕太。
もう一人は、扇子で口元を隠し、状況を面白がる、鶴神・千鶴。
「おやおや、どこへ逃げたと思ったら、わざわざ観客席に来てくれたんか。ご苦労さんやで、クロード」
千鶴は、嘲笑を浮かべた。
「だが、憎しみを捨てたお前なんて、もうつまらん人形や」
武神・耕太は、巨大な剣を床に突き立て、苛立ちを露わにした。
「チッ、愛も憎しみもねぇ人形になっちまいやがって!一番面白ぇ運命をブチ壊しやがって!」
クロード王子は、彼らの嘲笑を、まるで計算式のように受け流した。
「武神耕太、鶴神千鶴。お前たちの、この世界における干渉は、ここで終わる」
クロード王子の冷徹な宣言に、千鶴は目を細めた。
「おや、知神の知識をインストールして、賢くなったつもりか。でもな、この場にアザトースの気配はない。一人でわてら二柱を相手にするつもりか?」
その瞬間、クロード王子が静かに指示を出した。
「時の導き手。予定通り、運命の巻き戻しを開始しろ」
時の導き手(ライオネルの体)は、クロードの命令を受け、静かに歩み出た。
「理解した。この特異点において、私は、武神と千鶴が初めてこの世界に干渉した因果律の始まりへと、一時的に時間を戻す」
ライオネルの姿をした導き手が、手を掲げると、巨大な円形の床全体が光り始めた。
「なにっ!?」
武神と千鶴は、この予想外の事態に、初めて動揺の色を浮かべた。
「クロード!お前、まさか…!」
クロード王子は、武神の動揺を無視し、冷徹な目で私を見た。
「リリアーナ。お前は、武神が初めてこの世界に目をつけた過去へと転送される。千鶴が運命を歪ませる前に、武神の干渉の意思を打ち砕け」
私に与えられたのは、この世界の運命の始まりを変えるという、最も重大な任務だった。
「わかったわ、クロード王子」
私は、彼の冷たい瞳の中に、かすかに残る、あの時の彼の運命を信じ、頷いた。
「レオンハルト。お前は、この場に残り、時の導き手を守れ。武神と千鶴の標的は、運命の巻き戻しを行う彼だ」
「承知した!」レオンハルト殿下は、迷いなく剣を構えた。
武神と千鶴は、自分たちの力が弱まる過去への巻き戻しを阻止しようと、私たちめがけて襲いかかってきた。
「させるか!」
クロード王子は、千鶴の杖を大地に突き刺し、武神の血と知神の知識を融合させた、強大な魔力の壁を築いた。
そして、私の体は、時の導き手の放った光に包まれ、この世界の遥か過去へと、転送されていった。




