50話 愛が憎しみを殺すとき
私は、憎しみに染まったクロード王子の腕を掴んだまま、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。彼の体からは、武神の血が暴走する、禍々しい赤いオーラが噴き出している。
「クロード王子!私を見て!あなたの復讐は、私の愛を殺すことになるわ!」
私の叫びは、戦場の喧騒にかき消されそうになるが、彼の耳には届いたはずだ。
「愛だと?またその言葉か、カミの幻影め!」
クロード王子は、私の手を振り払おうと力を込めるが、私は決して離さない。
「幻影なんかじゃない!私は、あなたの愛を知っている!あなたが、ライオネル殿下を助けようとした優しさを知っている!あなたの愛が、私をこの世界に戻したのよ!」
「黙れ!俺の心に愛などない!あるのは、カミへの憎しみだけだ!」
彼の憎しみは強大だった。彼の体から発せられる赤いオーラは、私を焼き尽くすかのように熱い。しかし、私は耐えた。
その時、武神・耕太の声が、空から響いた。
「ハッ!いいぞ、いいぞ!愛と憎しみの最高のコントラストだ!そのまま、憎しみに飲まれて、この世界をめちゃくちゃにしてやれ、クロード!」
武神は、この状況を心底楽しんでいた。彼の介入は、クロードを究極の絶望に追い込み、最高の物語の結末を見ることだった。
「武神め!」
レオンハルト殿下が、肩の傷を抑えながら、武神に向かって剣を構えた。しかし、彼の力では、カミには遠く及ばない。
「クロード!カミの思惑に乗るな!お前の憎しみは、武神の餌だ!」
本物のリリアーナは、私とクロード王子を包む赤いオーラを打ち消そうと、必死に鎮静の魔法をかけていた。
「クロード!あなたの憎しみは、私の愛を殺す!愛を捨てて復讐を選べば、あなたは、カミの人形になるのよ!」
私の言葉が、クロード王子の体に、わずかながらも影響を与えた。彼は、武神に家族を殺され、その血を分け与えられたことで、最も憎むべき存在の道具にされることを恐れていた。
彼の瞳に、憎しみ以外の、混乱と苦悩の色が戻った。
「人形…俺は…」
「あなたは、人形じゃない!あなたは、愛を知っているクロード王子よ!」
私は、彼の顔に手を伸ばし、頬に触れた。彼の肌は、熱に浮かされたように熱い。
「愛を思い出して。その憎しみに打ち勝てるのは、武神の血ではない。あなたが、私を愛した心よ!」
私の魂の叫びは、武神の血の暴走と、憎しみの鎖を、わずかに緩めた。
クロード王子の手から、剣がカタリと落ちた。
彼は、私の手を掴み、苦痛に歪んだ表情で、私を見つめた。
「リリアーナ…お前は…本当に…」
「ええ。あなたを愛している、リリアーナよ」
私がそう答えた瞬間、クロード王子の体から噴き出していた赤いオーラが、一気に収束した。彼の体内の武神の血が、愛の力によって、一時的に沈静化されたのだ。
「チッ、つまんねぇな!」
武神・耕太は、苛立ちを露わにし、空中で巨大な剣を振りかざした。
「そんなヌルい愛で、俺の物語を終わらせると思うなよ!」
武神の剣が、私たちめがけて振り下ろされる。この一撃を受ければ、私たちに生き残る術はない。
「逃げなさい!クロード!」
本物のリリアーナが叫んだ。
私は、クロード王子の体を抱きしめ、最後の力を振り絞った。
「愛しているわ、クロード王子!」
愛と憎しみの戦いは、今、最終局面に達していた。




