47話 三柱の嘲笑
虚無と混沌が渦巻く、カミの領域――。
武神・耕太は、巨大な玉座にふんぞりかえり、地上を見下ろす鏡面のような空間を眺めていた。鏡には、フレイア王国の古い応接室で、三つ巴の緊迫した状況にあるクロード、リリアーナ、レオンハルトの姿が映っている。
「チッ、また始まったかよ。ほんと懲りねーな、あのガキどもは」
耕太は不機嫌そうに舌打ちをした。彼の目的は、愛と憎しみの壮絶な戦いによる「面白い物語」の創造だったが、クロードの心が憎しみ一色になり、物語が単調になりすぎたことに退屈していた。
「あーあ、せっかくわてが盛り上げた舞台やのに、すぐに単調になるなんて、退屈やわ」
隣で、鶴神・千鶴が、扇子で口元を隠しながら、皮肉交じりの笑みを浮かべた。
「せやけど、武神様。あんたがクロードにあんなに純粋な憎しみを植え付けたのがいかんのちゃう?愛というスパイスがないと、ただの復讐劇やで」
「うるせぇな、千鶴!愛だの運命だの、ヌルいもんが絡むから話がややこしくなるんだろ。俺は純粋な力と憎しみの衝突が見たいんだよ!」
耕太は玉座から立ち上がり、苛立ちを露わにした。
その時、空間の奥から、知神・アザトースの冷静で知的な声が響いた。アザトースは、常に空間の隅の、影の中にいる。
「武神、君の好みは理解できるが、物語に起伏がなければ、それはただの暴力だ。そして千鶴、君の『混沌』の調整が甘かった。異物を排除した結果、あまりにも予測可能な未来が訪れてしまった」
千鶴は、アザトースの言葉に、ムッとして反論した。
「なんや、知神。わてのやり方に文句でもあるんか?レオンハルトを動かしたんは、あんたやろ?リリアーナを消して、クロードの心を憎しみに満たしたんは、あんたの**『最も合理的な運命』**やないんか!」
アザトースの声は、感情をほとんど含まない、冷たい響きだった。
「私は、物語をあるべき『均衡』に戻すために、行動したまでだ。リリアーナという異物を排除し、ライオネルの命を救う。それは、この世界の運命を、最も穏やかに収束させるための、最善手だった」
「穏やか、ねぇ?」
耕太は鼻で笑い、鏡に映るクロードの姿を指差した。クロードは、剣を構え、かつての友であるレオンハルトにすら殺意を向けている。
「おい、アザトース。この惨状のどこが『穏やか』なんだよ?お前の『均衡』とやらは、クロードを完全な復讐の鬼に変え、レオンハルトには重い罪悪感を植え付けただけじゃねーか。これで物語が退屈になったら、元も子もねぇだろ!」
「静観しろ、武神。私は、千鶴がリリアーナを再び送り込んだことさえ、計算の内だ」
アザトースは静かに言った。
「リリアーナは、クロードの感情を揺さぶるための『触媒』。彼女の再登場により、クロードの憎しみと、彼の中に残された微かな愛が衝突する。これは、我々にとって、最も予測不可能で、最も興味深い運命を生み出すだろう」
千鶴は、パチリと扇子を閉じた。
「へぇ、つまりあんたは、レオンハルトを利用して『運命を排除』し、わてを利用して『愛を再導入』させた、ってことか。えげつないなぁ、知神さん」
耕太は、面白そうに鏡を覗き込んだ。
「ハッ!そう来たか。クロードが運命と憎しみの板挟みになって暴走すれば、俺の望む壮絶な衝突が起こる。いいぜ、アザトース。お前のシナリオに乗ってやるよ」
三柱のカミは、それぞれの思惑と皮肉をぶつけ合いながら、地上で繰り広げられる悲劇を、冷酷な目で眺めていた。彼らにとって、この世界の人間は、ただの舞台で踊る、退屈しのぎの駒でしかなかった。




