37話 因果の代償
古城の会議室は、再び、静寂に包まれていた。
大使は、まるで長い夢から覚めたかのように、呆然と私たちを見つめていた。千鶴の呪縛が解け、彼の意識は正常に戻っていた。遠くから聞こえていた戦争の音は、今はもう聞こえない。
私たちは、戦争を、なかったことにした。
私は、安堵のため息を漏らし、クロード王子に微笑みかけた。
「クロード王子、やったわ…」
しかし、クロード王子の顔は、喜びではなく、深い苦痛に歪んでいた。彼は、千鶴の杖を握りしめたまま、その場で膝をついた。
「クロード…!」
私は、慌てて彼に駆け寄った。
彼の体から、赤い光が、まるで血のように滴り落ちている。それは、彼が因果律を操ったことの、代償なのだろうか。
「大丈夫…だ…」
クロード王子は、震える声でそう言った。しかし、彼の顔は、真っ青だった。
「クロード、無理しないで。休んで…」
私がそう言うと、彼は、力なく首を振った。
「ダメだ…まだ、終わってない…」
彼の言葉に、私は、困惑した。戦争は、終わったはずだ。
「千鶴の、最後の呪いが…」
クロード王子は、そう言って、苦しそうに、胸を押さえた。
その時、本物のリリアーナが、私たちの前に、静かに歩み寄った。彼女の顔には、悲しみと、諦めが混じっていた。
「クロード…武神の血を持つあなたは、因果律を操った。その代償は、千鶴の最後の呪いを、受け継ぐことだったのよ」
彼女の言葉に、私は、息をのんだ。
「千鶴の呪い…?」
「彼女は、武神に、愛を信じることを、禁じられた…」
本物のリリアーナは、そう言って、クロード王子を見つめた。
「そして、今、あなたに、その呪いが、移された…」
その言葉を聞いた瞬間、クロード王子の顔が、さらに苦痛に歪んだ。彼は、まるで、見えない鎖に、縛られているかのように、もがいていた。
「俺は…リリアーナを…愛している…」
彼の口から、苦しそうな声が漏れる。
「愛を…信じたい…」
しかし、彼の体は、その思いに反発するかのように、激しく震えていた。
私は、彼の苦しむ姿に、ただ、涙を流すことしかできなかった。
私たちは、戦争を止めた。しかし、その代償として、クロード王子は、愛を信じることができないという、悲しい呪いを背負ってしまったのだ。
「そんな…クロード王子…」
私は、彼の名を呼び、彼の体を、そっと抱きしめた。
クロード王子は、私の腕の中で、苦しそうに、目を閉じた。
私たちの勝利は、あまりにも、悲しいものだった。




