34話 カミの糸を断ち切る者
一通り話したいこと聞きたい事を終えた後翌日の停戦交渉に向け就寝を取った。なおセバンスチャンは未だ困惑したままである。
翌朝、私たちは再び、国境の古城へと向かう馬車の中にいた。今度は、私とクロード王子、そして本物のリリアーナの三人だ。昨日、互いの秘密を打ち明け合い、私たちの心には、深い絆が生まれていた。
クロード王子の過去。カミによって家族を奪われ、憎しみを抱えながら生きてきた彼の悲しみに、私の心は痛んだ。そして、本物のリリアーナが語った、カミに操られていたという悲しい真実。私たちは、皆、カミの戯れによって、人生を狂わされた被害者だった。
「リリアーナ…大丈夫か?」
クロード王子が、不安そうな顔で私に尋ねた。
私は、彼の優しさに、胸が熱くなるのを感じた。
「はい…」
私は、静かに頷いた。もう、一人ではない。私には、クロード王子が、そして、本物のリリアーナがいる。
古城に到着すると、ヴァーレント王国の全権大使は、昨日と同じように、人形のように硬直したまま、椅子に座っていた。
私たちが席に着くと、再び、千鶴の声が、空から響いた。
「へぇ、また来たんや。あんたら、ほんまに懲りへんなぁ」
千鶴の嘲笑に、私は、胸がざわつくのを感じた。
「でも、無駄やで。この交渉は、もう終わりや」
千鶴の声が、高らかに響く。
「この大使は、もうしゃべれへん。あんたらが、いくら説得しても、無駄や」
その言葉に、クロード王子の顔が、怒りで歪んだ。
「そうはさせない!」
その時、本物のリリアーナが、静かに立ち上がった。
「千鶴」
彼女の声は、静かで、しかし、強い意志に満ちていた。
「あなたに、一つ、聞きたいことがある」
千鶴の声は、一瞬、戸惑っているように聞こえた。
「あんたかいな、久しぶりやねぇ、で、なんや…?」
「前の世界で私の運命を操った時、あなたは、私に、一つの選択肢を与えたわね」
その言葉に、千鶴の声が、かすかに震えた。
「運命の鎖に縛られ続けるか、それとも、運命を自ら選び取りより悲惨な末路を迎えるか…」
本物のリリアーナは、そう言って、千鶴を、まっすぐに見つめた。
「私は、その後に与えられたもう1つの選択肢、””私の偽物に運命を背負わせる代わりに、1つ提案を飲んでもらう””これを選んでしまった」
彼女は、静かに、大使の方に歩み寄った。
「あなたは、この世界の運命を、新たな混沌で、書き換えようとしている。でも、それは、間違いよ」
「なんのことや…?」
千鶴の声は、明らかに動揺していた。
本物のリリアーナは、大使の頭に、静かに手を置いた。
「あなたは、大使の心を、操っている。ですが、彼の運命は、まだ、あなたのものにはなっていない」
その言葉に、千鶴が、声を荒げた。
「何を言うてるんや!この男は、わての人形や!」
「いいえ。あなたは、彼の『心』を支配することはできない。彼の『運命』を、歪ませることはできたとしても、彼の意志を、完全に消し去ることはできないのよ」
本物のリリアーナは、そう言って、大使の額に、光を放った。
「あの時、選択肢を受け入れ、身体を操られた私の『心』は混沌で、書き換えられた。でも」
私の顔を見て、本物のリリアーナは話し始めた。
「私の『心』はあなたの運命で上書きされた」
すると、大使の体が、震え始めた。彼の瞳に、かすかに、光が戻ってくるのが見えた。
「千鶴、あなたは、過去に、私を操った時も、同じことをした。私の運命を、歪ませた。でも、私の心までは、操ることができなかった」
本物のリリアーナは、そう言って、静かに、微笑んだ。
「あなたの狙いは、この世界に、混沌をもたらし、新たな物語を紡ぐこと。ですが、そのために、あなたは、この世界の運命を、過去に何度も、弄んできた」
本物のリリアーナは、そう言って、千鶴を、まっすぐに見つめた。
「あなたも、カミという、退屈な運命の鎖に、縛られているのよ。千鶴」
その言葉に、千鶴の声は、完全に沈黙した。
本物のリリアーナは、静かに、大使から手を離した。すると、大使は、深い呼吸を一つし、まるで長い眠りから覚めたかのように、意識を取り戻した。
「クロード殿下…リリアーナ様…」
彼は、困惑した表情で、私たちを見つめていた。
本物のリリアーナは、静かに、クロード王子に頷いた。
「千鶴の力を、一時的に、弱めることができたわ。今が、チャンスよ」
私たちは、この一瞬の隙に、戦争を止めることができるだろうか。




