31話 本物のリリアーナ
応接室の扉が開いた瞬間、私は、目の前の人物を信じられずにいた。
そこに立っていたのは、もう一人の私。
いや、違う。
彼女こそが、私が成り代わっていた、本物のリリアーナ・フォン・アウグスト公爵令嬢だった。
彼女は、私と瓜二つの顔をしていたが、纏っている雰囲気はまったく違っていた。深く、そして強い意志を感じさせる、澄んだ瞳。控えめでありながら、高貴な気品が全身から溢れ出ている。しかし、それ以上に、私の心に蘇ってきたのは、前回の周回の、記憶。
あの時、私は、彼女に、絶望的な運命を告げられた。
「あなたは、この世界の物語を終わらせる、最後の鍵よ」
その言葉は、私に、抗うことのできない恐怖を植え付けた。
「リリアーナ様…?一体、どういうことでございますか…?」
セバンスチャンが、困惑した表情で、二人の私を交互に見つめる。
「セバンスチャン、久しぶりね」
本物のリリアーナは、静かに、そう言った。彼女の声は、私よりも少しだけ低く、落ち着いていた。
その声を聞いた瞬間、セバンスチャンの表情が、驚愕に変わった。彼は、本物のリリアーナの前にひざまずき、深く頭を垂れた。
「リリアーナ様…!なぜ、こんなお姿で…」
「事情は、後で話すわ。それよりも…」
本物のリリアーナは、私の方に、まっすぐ視線を向けた。その視線に、私は、体が硬直するのを感じた。
「あなたが、私を演じてくれていた方ですね。ありがとうございます」
彼女は、そう言って、優しく微笑んだ。その笑顔は、私を動揺させ、1週目の記憶にある恐ろしき姿は影も形もなかった。
「どうして…どうしてここに…?」
私が、震える声で尋ねると、本物のリリアーナは、静かに答えた。
「この世界の運命が、不自然な方向に動いているのを感じたの。そして、その中心に、あなたが、私の名を騙って存在していることを知った」
彼女の言葉に、クロード王子が、前に出た。
「君は…一体、何者なんだ?」
クロード王子の問いに、本物のリリアーナは、悲しい目で彼を見つめ、静かに、そしてゆっくりと口を開いた。
「私は、あなたと同じ…カミに弄ばれた、被害者よ」
その言葉に、クロード王子は、息をのんだ。
「過去の周回で、私は、この世界の運命を書き換えるための、彼らの道具だった。彼らに言われるがままに、愛を語り、クロード…あなたを、愛した」
彼女は、そう言って、痛みに満ちた表情を浮かべた。
「しかし、私たちの愛は、彼らの望む結末にはならなかったため、彼らは、退屈な運命の繰り返しを、再び始めようとし、別人を私として据えた。私は…それが嫌だった。だから…」
彼女は、深呼吸をした。
「私は、彼らの運命から逃げ出し、この世界の片隅に、身を隠した。そして、この世界の運命を、外から見守っていた。そして、この周回で、あなたが、私の人生をやり直していることを知ったの」
本物のリリアーナは、私に視線を戻した。
「千鶴の狙いは、私が、愛を信じないあなたを、この世界の運命から解放すること。そして、あなたと、クロード王子の愛を、この世界に、新たな希望として刻むこと」
彼女の言葉は、まるで、凍った心を溶かすようだった。
「しかし、千鶴は、その方法を間違えた。彼女は、あなたたちの愛を、混沌に陥れることで、世界の運命を書き換えようとした」
本物のリリアーナは、そう言って、静かに、私とクロード王子に語りかけた。
「私は、千鶴とは違う方法で、あなたたちを、そして、この世界を救う」
彼女は、そう言って、私に手を差し伸べた。
「この世界の運命は、まだ、変えられる。ライオネル殿下の死も、この戦争も、すべては、あなたたちの愛の力で、なかったことにできる」
その言葉に、私は、恐怖に震えながらも、一筋の希望を見出した。
クロード王子は、本物のリリアーナを訝しげに見つめていたが、彼の心の中にも、わずかな希望が灯ったようだった。
「信じて、私に、協力してくれませんか?」
本物のリリアーナは、そう言って、優しく微笑んだ。
私たちは、その言葉に、頷くしかなかった。この世界の運命を、そして、大切な人々の命を、救うために。




