29話 嘲笑う悪意 後編
大使の冷酷な言葉に、私は、心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けた。私の身柄と国の利益を差し出せと。戦争を終わらせるための唯一の方法だと、彼は、まるで当然のように言った。
「ふざけるな!」
クロード王子の叫び声が響く。彼は、私をかばうように前に出た。その優しい姿に、私は、また、胸が締め付けられるような痛みを感じた。彼に、あんなひどいことを言われたのに。それでも、私のために怒ってくれる。
しかし、その瞬間、会議室の扉が、ゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、あの忌々しい女、鶴神千鶴だった。
「鶴神…千鶴…!」
私の口から、驚きと恐怖の入り混じった声が漏れる。
彼女は、静かに、会議室に入ってきた。その手には、見慣れない、奇妙な杖が握られていた。彼女の口元には、いつものように、退屈そうに歪んだ笑みが浮かんでいる。
「リリアーナ、あんたの愛のせいで、世界の運命が面白うなったんや。この最高の舞台を、こんなつまらん交渉で終わらせてもうたら、あかんやろ?」
千鶴は、そう言って、嘲笑を浮かべた。
「この戦争は、誰にも止められへん。だってな…」
千鶴は、杖を、ヴァーレント王国の全権大使に向けた。
「この男は、わての操り人形やからな」
その瞬間、大使は、全身を硬直させ、まるで人形のように、カクンと首を傾けた。彼の目は、まるで魂が抜けたかのように虚ろだった。
千鶴の言葉に、私は、全身の力が抜けていくのを感じた。
すべてが、彼女の策略だった。私がクロード王子を愛したから、この戦争は始まった。ライオネル殿下は、私の愛のせいで、命を落とした。そして、クロード王子が私に言った、あの冷たい言葉も、彼が、私を守ろうとした嘘だったのかもしれない。
すべてが、千鶴の、手のひらの上で踊らされていたのだ。
私の「愛する自由」は、この世界を、混沌に突き落とすための、最高の道具だった。
「さあ、あんたらは、これから、どうするんやろな?」
千鶴は、楽しそうに、そう言った。
戦争を止めることもできず、黒幕である千鶴に、直接、命を狙われる。私たちは、絶体絶命の窮地に立たされていた。
私は、再び、愛することを恐れていた。そして、自分の存在そのものが、この世界の悲劇の原因であるという事実に、打ちひしがれていた。
私の、新たな戦いが、今、始まる。




