29話 嘲笑う悪意 前編
リリアーナの悲痛な叫びに、大使は無表情のまま、静かに首を振った。
「リリアーナ様、あなたの悲しみは理解できます。しかし、悲しいかな、あなたの言葉に証拠はありません」
その言葉に、俺は苛立ちを覚えた。この男は、何を言っているんだ。
「証拠は…これから探せばいい」
俺の言葉に、大使は、フッと口元を歪ませ、嘲笑を浮かべた。
「クロード殿下、あなたはまだ、事態を理解されていないようだ」
大使は、そう言って、静かに立ち上がった。
「我々は、ライオネル殿下の死の真相など、知る必要はありません。この戦争が、いかに不自然に始まったか、我々も承知している」
大使は、まるで芝居でも見ているかのように、冷たい目で俺とリリアーナを見つめた。
「戦争が、デマだとしても、ライオネル殿下が命を落としたのは事実。そして、その原因を作ったのは、リリアーナ様、あなただ」
大使の言葉に、リリアーナは、息をのんだ。
「ライオネル殿下は、オーロリア王国との、不自然な関係を清算するため、あなたと会っていた。しかし、その行為は、結果的に、両国の緊張を高め、彼の死を招いた」
それは、あまりにも理不尽な言い分だった。ライオネルは、俺の友人であり、リリアーナのことも守ろうとしていた。それは、俺が、一番よく知っている。
「違う!ライオネルは、お前たちに、裏切られたんだ!」
俺の叫び声に、大使は、顔色一つ変えずに、答えた。
「クロード殿下、感情的になるのは、やめていただきたい。我々は、この悲劇の責任を、誰かに取らせなければならない。さもなくば、この戦争は、止まらないでしょう」
大使は、冷酷な目で、リリアーナを見つめた。
「我々が提示する条件は、一つ。オーロリア王国が、リリアーナ様を、ライオネル殿下殺害の罪で裁くこと。そして、国益の一部を、ヴァーレント王国に譲渡すること」
その言葉に、俺は、全身の血が逆流するのを感じた。
「ふざけるな!」
俺は、大使に向かって叫んだ。リリアーナを、犠牲にしろというのか。
「彼女は、何の罪もない!」
「しかし、それが、戦争を終わらせる、唯一の方法です」
大使は、そう言って、ニヤリと笑った。それは、交渉ではなく、ただの脅迫だった。
その時だった。会議室の扉が、ゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、見慣れない格好をした、肌を白く塗っている人だった。
「ごめんやけど、話の邪魔させてもらうで」




