24話 策略の影
鶴神 千鶴が去った後も、私は一人、茶室に残っていた。彼女の言葉が、氷のように私の心に張り付いて離れない。
「愛する自由の先にあるんは、あんたの想像を超えた、大きな代償や」
私の愛が、誰かを不幸にする?私の愛が、誰かを犠牲にする?
クロード王子が与えてくれた希望の光は、鶴神 千鶴の言葉によって、再び深い闇に覆われてしまった。私は、愛する勇気を持ちたいと願った。しかし、その先に、誰かの不幸が待っているとしたら……。
私は、愛することを、再び恐れ始めていた。
その翌朝、私は、自室で朝食を摂っていた。心ここにあらずといった私に、執事のセバンスチャンが、いつになく深刻な面持ちで近づいてきた。
「リリアーナ様、緊急のご報告がございます」
彼の声は、静かでありながら、張り詰めていた。私は、不安な胸騒ぎを覚えながら、セバンスチャンに続きを促した。
「王宮より、緊急の報せが届きました。我が国と、隣国ヴァーレント王国の間で、国境付近の小競り合いが、突如として大規模な武力衝突へと発展したとのこと。両国の間では、緊張が高まっており、このままでは、全面戦争に発展しかねない状況です」
私は、その言葉に、息をのんだ。ヴァーレント王国は、我がオーロリア国とは友好関係にあり、これまで、大きな争いはなかった。それが、どうして……。
「セバンスチャン、それは、どういうことなのですか?どうして、突然……」
私の問いに、セバンスチャンは、眉間に深いしわを刻んで答えた。
「それが……不可解なことに、両国の国境付近の村で、次々と奇妙な事件が起こっていたようです。両国の住人が、互いに憎しみ合い、争いを起こすように仕向けられた、としか思えない不可解な出来事が……」
「仕向けられた?」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で、鶴神 千鶴の言葉がフラッシュバックした。
「あんたが愛する自由を選んだことで、うちらの運命の鎖は、ますます強うなっていく」
彼女は、私を、そしてこの世界を、退屈な運命の繰り返しから解放するために、混沌を望んでいた。私の「愛する自由」は、彼女にとって、この世界を面白くするための、最高の道具だったのだろうか。
「セバスンチャン……この戦争は、誰かによって、仕組まれたものだということですか?」
私の言葉に、セバスンチャンは、驚きと困惑が入り混じった表情で、口を開いた。
「リリアーナ様、それは……確たる証拠はございませんが、王宮の者の中にも、同様の懸念を抱いている者がいるようです。この急激な事態の悪化は、あまりにも不自然だと……」
私は、手に持っていたフォークを、力なく落とした。カシャン、と皿に当たる音が、静かな食堂に響いた。
「その代償を、あんたは、誰に払わせるんやろか?」
鶴神 千鶴の嘲るような笑い声が、私の脳裏に蘇る。
隣国との戦争。それは、何千、何万という人々の命が奪われる、悲劇だ。
もし、この戦争が、私の「愛する自由」によって引き起こされたものだとしたら……。私は、自分の身勝手な望みのために、多くの人々を巻き込んでしまったことになる。
私の愛は、世界を不幸にする。
鶴神 千鶴の言葉が、呪いのように私の心を蝕んでいく。私は、再び、愛することの恐ろしさを、そして、自分の存在そのものの重さを、思い知らされた。
私の、新たな始まりは、本当に、この世界の終わりを告げる、序曲だったのだろうか。




