235話 駄々っ子の反逆と、最強の模倣
再生する肉の壁を突き破り、リリアーナはアナザーの本体核へと疾走する。 しかし、核を守るように、無数の肉塊が波のように隆起し、彼女の行く手を幾重にも遮った。
「くっ……! しつこい!!」
リリアーナが思わず叫ぶ。 その刹那、彼女の左右から、頼もしい影が飛び出した。
「道を開けるぞ! リリアーナ、止まるな!」 クロードが、武神の炎を纏った剣で肉の波を焼き払う。
「邪魔だあぁぁッ!!」 ライオネルとレオンハルトが、肉壁を物理的に抉じ開ける。
「計算終了。最短ルート確保!」 セバスチャンとカイが、精密射撃で障害物を消し飛ばす。
「行けぇぇ、リリアーナはん!」 千代が、混沌の風で彼女の背中を押す。
仲間たちの想いが、リリアーナを核の目前へと送り届けた。
胎内の策謀
一方、アナザーの体内。 外側からの猛攻を受けながらも、アナザーは冷徹に**「初見殺しの罠」**を練り上げていた。
『愚かな人間ども。核に触れた瞬間、その因果ごと消滅させる**「運命の即死術式」**を……』
彼女は複雑怪奇な論理パズルを組み上げ、必殺のカウンターを準備していた。これが発動すれば、リリアーナは核に触れた瞬間に消滅する。
その作業の横から、アザトースがひょっこりと顔を出した。
『母上、演算リソースが足りないようです。僕が手伝いましょうか? 効率化できますよ』
アナザーは、息子が完全に屈服し、自らの延命のために協力しようとしているのだと思い込んだ。
『……気が利くわね。いいわ、最後の仕上げを任せてあげる』
彼女は、完成直前の「即死術式の設計図」をアザトースに渡した。
子供の癇癪
設計図を受け取ったアザトースは、ニッコリと笑った。 そして。
『やーだよ!』
彼は、積み上げられた積み木を蹴散らす子供のように、あるいは描かれた絵を黒く塗りつぶすように、その完璧な設計図をめちゃくちゃにかき回した。
論理の配線を結び間違え、術式に矛盾を放り込み、エラーデータを大量に流し込む。 それは高度なハッキングなどではない。ただの**「お片付け拒否」**のような、純粋で原始的な破壊活動だった。
『なっ……!? 何をしているの、アザトース!!』
アナザーが素っ頓狂な声を上げる。 目の前で、必殺の術式が**「自爆コード」**へと書き換わっていく。
『うるさい! 知るか! 僕はずっとこうしたかったんだ! こんな難しい計算、大っ嫌いだあぁぁぁ!!』
アザトースは設計図を破り捨て、地団駄を踏んで暴れた。 それは、彼が生まれて初めて見せた、年相応の**「わがまま」**だった。
『貴様ぁっ!!』
アナザーは激昂し、アザトースを粛清しようと拳を振り上げた。 その、意識が完全に内側に向いた瞬間。
合図
「今よ! アザトース!!」
外の世界から、リリアーナの裂帛の気合いが響いた。 これこそが、あの胃袋の中で耳打ちされた作戦。
『僕が母上の「切り札」を内側からグチャグチャにする。母上が僕に気を取られたその瞬間が、核が無防備になる唯一のタイミングだ』
声が聞こえた瞬間、アザトースは振り上げられたアナザーの拳を無視し、自身の小さな拳を握りしめた。 魔法も論理も関係ない。ただの、ありったけの力を込めた右ストレート。
『これで……終わりだ、クソババアッ!!』
ドゴッ!!
アザトースの拳が、アナザーの心臓(核)の内壁を、思い切り殴りつけた。
『ぐ、べっ……!?』
内側からの物理的な衝撃に、アナザーの動きが完全に硬直する。 防御障壁も、即死術式も、全てが霧散した。
最強の模倣
核が、無防備に晒された。 リリアーナは、クロードの短剣を構え、その切っ先に全ての力を収束させた。
彼女が選んだのは、数あるコピー能力の中でも、最も破壊力に特化した技。 かつて武神・耕太が世界を焼き尽くそうとした時に見せた、**「神の暴力」**そのものの再現。
「みんなの想いも、アザトースの怒りも、全部乗せて……!」
リリアーナの背後に、武神の幻影と、クロードの幻影が重なる。
「【模倣・神滅・一閃】!!!」
内側からはアザトースの渾身の拳が。 外側からはリリアーナの最強の一撃が。
二つの衝撃が、アナザーの核を挟み撃ちにした。
パァァァァァァァァンッ!!!!
世界が白く染まるほどの閃光と共に、運命の創造主の心臓は、跡形もなく粉砕された。




