230話 共通の敵と、知神のナイショ話
「あいつ(アナザー)さえいなきゃ、私はクロードと平穏に暮らせたのに!」 「母上さえいなきゃ、僕はただのデータの海で安眠できてたんだ!」
互いの胸ぐらを掴み合ったまま、二人は同時に叫んだ。
「「あいつ(母上)が、大っ嫌いだ!!」」
その声は、完璧にハモっていた。 胃袋の中に、一瞬の静寂が訪れる。 リリアーナとアザトースは、肩で息をしながら、互いの顔を見つめ合った。そこにはもう、敵意はない。あるのは、「最悪の上司(親)を持った者同士」の、奇妙な連帯感だった。
「……ふん。そこだけは、論理的に合意できるようだな」
アザトースが、バツが悪そうに手を離した。
「ええ。そこだけは、貴方と気が合いそうだわ」
リリアーナも襟を正す。泥だらけの二人の間に、初めて「共犯者」としての空気が流れた。
秘められた策
アザトースは、ふと真顔に戻り、周囲のドロドロとした肉壁を見渡した。 そして、リリアーナに向かって、クイクイと手招きをした。
「……おい。耳を貸せ」
「なによ、改まって」
リリアーナが警戒しつつも耳を寄せると、アザトースは誰にも(アナザーにさえ)聞こえない、思考だけの声で囁いた。
『――――――――――――』
リリアーナの目が、驚愕に見開かれた。
「えっ……嘘でしょ? そんなことをしたら、貴方は……!」
「静かに。これは確率論の話だ」
アザトースは、リリアーナの口を掌で塞いだ。その瞳は、冷徹な知神のものではなく、覚悟を決めた一人の少年の光を宿していた。
「外からの攻撃は通じない。中からの自爆も失敗した。なら、残された『解』はこれしかない」
狭すぎる空間
アザトースは、リリアーナを突き飛ばすようにして距離を取った。 そして、わざとらしく顔をしかめ、服についた泥を払う仕草をした。
「あー、ダメだダメだ。計算に集中できない」
彼は、さも不愉快そうにリリアーナを指差した。
「ここには僕一人いれば十分だ。人間なんかがいると、酸素消費量が非効率だし、体温で室温が上がる。それに何より……」
アザトースの手に、青い演算魔法陣が展開される。
「二人も居ると、狭いんだよ!!」
「ちょっと、アザトース!?」
「邪魔だ、出ていけバグ野郎! 二度と戻ってくるな!」
アザトースが魔法陣を叩き割る。 それは攻撃魔法ではなく、座標を強制的に書き換える**【転送術式】**だった。
ドォォォォンッ!!
アナザーの腹部を内側から突き破るような衝撃波が発生する。しかし、そのベクトルは全てリリアーナ一人に向けられていた。
「待って! 私だけ逃げるなんて……!」
「行けッ!!」
アザトースの叫びと共に、リリアーナの身体は光の柱に包まれ、胃袋の闇から弾き飛ばされた。 遠ざかる視界の最後、泥の中に一人残ったアザトースが、ほんの一瞬だけ、悪戯っぽい笑顔を見せた気がした。
次の瞬間、リリアーナは外へと放り出されていた。




